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序章

1,8月某所 まとめ管理人


 事件の発端は去年の12月に遡る。当時一世を風靡した人気ブイチューバーグループ、タレント部から初の離脱者が出た。入れ替わりの激しい界隈だ、辞めるものは少なくはない。ただ彼女の場合は事情が特殊であった。

 事件を聞いた私は、さっそく彼女にコンタクトを取った。私のような人間にとって速さは命だ。ほかの人間より早く情報を集め公開する。それが私の仕事である。

 彼女からの返答は思ったよりも早かった。その日私は本業の印刷工場での仕事を終え、18時過ぎに帰宅した。残業の多い私には珍しい定時退社であった。いつも通りメールボックスを開く。くだらない営業メールに混じり、彼女の名前があった。橘シオリ、それが彼女の名前だ。タイトルはシンプルに”先日のお問い合わせについて”。

 私は胸の高鳴りを抑えつつ、彼女からのメールを開いた。一文目に他言無用で願いますとあった。当然だ。タレント部は界隈の中でも1,2を争う人気グループ。スキャンダルが起きれば大ごとになるのは間違いない。彼女としても今後を考えれば巻き込まれるのは避けたいと思うのは当然だ。

 メールをスクロールする。その内容は私が期待した通りの内容であった。体温が上がるのを感じる。思わずガッツポーズをした。もしかしたら声も出ていたかもしれない。噂は本当だったのだ。私はさらなる情報を求め彼女に返信した。あなたの力になります、ともに悪を倒しましょう。きっと彼女は乗ってくる、根拠のない確信が私にはあった。

 話は思ったよりもスムーズに進んだ。その週の日曜日、私は近所の喫茶店で彼女を待った。メールでのやり取りでは伝えづらいと彼女が希望したのだ。顔を隠したがるこの界隈で直接会うことは珍しい。特に私のようなまとめ管理人などもってのほかだ。

 コーヒーを飲みつつ店の外を眺めていると、女性が一人入店してきた。小柄で長い黒髪の、一言で言えば目立たないような印象の女性だ。私は彼女だと思い手を振った。女性は私を見るとその場で軽く会釈をし、私の向かいの席へ座った。

「初めまして、タチバナと申します」

配信時とは違いかすれるような小さな声だった。私は自作の名刺を渡し言った。

「初めまして、内藤と申します。ブイニュースの管理人です」

 ブイニュースとは私の管理しているまとめサイトの名前だ。主にブイチューバーに関するスキャンダルを取り扱っている。とはいっても大半は弱小グループの内輪もめや恋愛事情に関することで、タレント部のような大物は扱ったことがない。

 彼女は名刺を手に取ると暫く眺め、そのあとか細い声で私に言った。

「何か注文をしてもよろしいですか?」

 私は構いませんよとメニューを取り彼女に渡した。彼女は適当にメニューをめくると、呼び鈴を鳴らしレモンティーを注文した。

「さっそくですが……」

 話を切り出す。彼女が私に警戒しているのは明らかだ。できるだけ警戒を解くように柔らかい声で言う。

「タレント部での事件について、言える範囲で構いませんので教えてください」

 タレント部の名前を聞いた彼女は私を見て一瞬体を硬直させた。その眼には不安の色があった。その後すぐ視線を落とし、黙ってしまった。

「大丈夫です、情報源は漏らしません」

 彼女は黙ったままだ。無理もない。たとえ私が言わなくても大方の人間は彼女が情報源だと気づくだろう。この件に関して、最も得をするのは彼女だからだ。タレント部のメンバーや運営会社、ファンからも恨みを買うだろう。

「お願いします、話してください! 必ずあなたの力になります!」

 私はやや興奮気味に彼女に詰め寄った。彼女がやや怯えた様子で私を見ていた。やりすぎた、冷静になった私は後悔した。今の彼女は非常にデリケートになっている。強引に迫れば逃げてしまうだろう。私は一言すみませんと謝り、姿勢を正すと彼女の目をまっすぐ見据えて言った。

「私はこの界隈が、ブイチューバーが好きです。だからこそ事件を明らかにしたい。今後悲劇が無いように」

 その言葉に嘘はなかった。確かに私は界隈のゴシップを取り扱っている。スキャンダルは飯のタネだ。だが、少なくとも界隈に愛情は持っていた。私が発信することでよくなればという願いもあった。

 暫くの沈黙の末、彼女は口を開いた。

「本当に、私を助けてくれますか?」


2,8月某所 無職の男


 俺の人生は何のためにあったのだろう、そう思うことがある。高校を卒業したのはずっと昔。俺はまともに働くこともないままパソコンに向かいゲームに没頭する日々を送っていた。

 そんな俺を救ってくれたのがシオリちゃんだ。彼女は何もない俺に向かって微笑みかけてくれた。この俺のことを認めてくれたのだ。俺は彼女のためなら命だって捨てられる。配信はすべて追い、なけなしの金もすべて投げた。それだけで俺は幸せだった。

 だがその幸せも奪われた。前触れなく彼女は引退することになったのだ。最後の彼女の嗚咽の混じった声を忘れることができない。きっと何かあったのだと俺は必死に情報を集めた。

 いつものように掲示板を見ていると、気になる書き込みが目に入った。タレント部内でいじめがあった。その被害者がシオリで、運営は虐めていた子たちを守るためにシオリを切ったのだと。胡散臭い話ではあったが俺は食いついた。しつこく詳細を教えてくれと問い詰めると彼は徐に語りだした。

 シオリは非常に優秀な少女であったが、整った容姿と優秀さゆえに嫉妬を買い孤立することが多かった。その末に見つけたのが配信という活動であった。シオリはやっと見つけた居場所のために努力しタレント部内でも随一の人気配信者となった。しかしそのせいで他のメンバーから嫉妬を買いいじめが始まったのだという。たしかにタレント部には前から悪いうわさがあった。一部のメンバーだけに仕事が集中していたり、会話が不自然であったり。しかしシオリがいじめられており孤立していたのならすべてつじつまが合う。俺は初めて怒りに燃えるという感情を体験した。

 あいつらを許すわけには行けない。俺の正義の血がたぎっていた。俺はさっそくSNSに聞いた内容を書き込んだ。反応はあまりよくない。そんなはずないという意見が大半だ。だが俺は必ず勝利する。シオリの無念を晴らすのだ。俺の人生に意味を与えてくれたシオリを。

 その時俺は確信した。俺の人生は今この時のためにあったのだと。数は多くないが俺に賛同してくれる者もいた。彼らもタレント部の現状に不信感を持っていたらしい。俺たちはシオリを救う会を立ち上げ、彼女を救い悪徳企業に天誅を与えることを目的に活動を開始した。

 それから数日後、事態は思いもよらぬことで動き出した。ブイチューバーのゴシップを扱う有名まとめサイト、ブイニュースがシオリの事件を取り上げたのだ。内容は俺が聞いた通りシオリがタレント部の中でイジメにあっていたというものだった。

 俺が聞いていなかった陰惨な内容もあった。俺は怒りに震えた。その日から救う会のメンバーはどんどん増えていった。皆が正義に目覚めたのである。世論も味方に付いた。俺はまさに正義の味方になったような気分だった。いや、正義の味方だ。俺がシオリを救うのだ。まだ戦いは終わっていない。

 俺はシオリの無念を晴らすために、タレント部に裁きをくわえることを固く胸に誓った。


3.9月都内 出版社の男

 

 この会社で働いて3年になる。僕の仕事は主に風俗や麻雀など一般にはあまり印象の良くない業界に関する事の取材だ。その日も僕は都内の雀荘を回り何か面白い情報がないか取材をしていた。

 今日はここで最後にしようと会社近くの雀荘に立ち寄った。ここは有名なプロ雀士が通っていたことで有名な場所だ。何度か記事になるような話も聞いたことがある。僕は店に入ると開店準備中の店主に挨拶をした。店主はにこやかに挨拶を返すと麦茶をもって来てくれた。

「久しぶりだね、後藤さん。仕事の調子はどうだい?」

「そうですね、まずまずといったところです。あまり面白い話は聞きませんね」

 店主はそうだろうねぇと言い笑った。何か珍しいことがあったかと聞くとそんなものないよと答えた。麻雀業界自体下火だ。そうそう記事になるような話にも出くわさないだろう。

「あっ、そういえば……」

 店主はいかにも思い出したように言った。

「杉山カオリを知っているかい?」

「誰ですか?」

 杉山カオリ、聞いたことのない名前だ。名前からして女性だろうか。女性のプロ雀士も今は珍しくない。アイドルのような見た目の子もいるくらいだ。

「ブイチューバーだよ、今人気の」

「ブイチューバー?」

 確かアニメと配信者が融合したようなものだったか。それと麻雀に何の関連があるのだろうかと僕は興味を持った。店主は携帯を私に見せてきた。そこには微笑むアニメの女の子と雀卓が映っている。

「この子がね、麻雀がプロ並みにうまいと有名なんだ」

「へぇ、この子が……」

 確かに今までかかわりのなかった世界の話だ。だがこれだけで記事になるかといえば微妙だ。

「それがね、この子は本当にかわいそうな子で……」

「かわいそうというと?」

「なんでも前いた事務所で酷いいじめにあっていたらしくてね。泣く泣く引退したんだよ」

「いじめですか」

「あぁ、だが彼女のファンたちが力を合わせて彼女の無念を晴らしたんだ!」

 今や彼女は時の人だよと彼は言った。確かにドラマ性があれば記事は持り上がるだろう。それに麻雀業界にとっても新しい風が吹くことは喜ばしいことだ。

「その話、詳しくお聞きできませんか?」

 僕はボイスレコーダーの録音ボタンを入れた。きっとこの子は大物になる。僕の勘がそう言っていた。



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