調布にて
無性に人恋しい秋の週末。
いてもたってもいられなくなり、電車に飛び乗った。ほどよく人がいる車内で揺られていたら急に「ここだ!」とピンときて、調布駅で降りる。
外に出ると、妖怪たちが踊っていた。
そうか、今日はゲゲゲ忌だったのか。
せっかくなのでスタンプラリーをしようと思い立つ。
「おや、あなた」目の前に男性が立っていた。
異様なほどにつり上がった目。真っ赤なマスクの下の表情は読みとれないが、声の調子から怒りは感じない。
「こんなご時世だからどうかとも思ったんですがね、今日は思いきって足を延ばしました」
あら、同類。
彼は私が手にしていたラリーマップに目をやった。アニメ顔のテンション高めなアマビエに目を細めると「アマビエも来ればいいのに」とつぶやいた。
私もそう思う。アマビエがなにをしてくれるのかはわからないが、こんなにも待ち望まれているのなら姿くらい見せてもいいのにって。
そのままあっさりと男性は去っていった。
私はあたりをぐるりと見まわした。なかなか盛況だ。コスプレ姿もちらほら見うけられる。
なんの縛りもなく昼間から妖怪が闊歩してもいいなんて。だからこの場所に惹きつけられたのかと納得した。
赤いマスクで隠した彼の正体はなんだったんだろう。そんなことを考えながら歩きだす。電柱の上から鬼太郎が醒めた目で私を見下ろしていた。
唐突だが、私は着ぐるみが苦手だ。遠目に見るのは平気だが、近くには寄れない。
無言で迫ってくるバックベアードなんてもう最悪。後ずさり、身をすくませて泣きそうになったところへ声をかけられた。
「おひとりですか」
黒いマスク姿の男性が近づいてくる。
「妖怪、お好きなんですか」
今日はよく話しかけられる。でもすぐにわかった。この人は同類じゃないってことが。
「ええ」と答える。
「よかったら一緒にラリーしませんか」
誘われて、私は素直にうなずいた。
ソーシャルディスタンスを保ちながら歩き、スタンプを集めていく。
彼は妖怪に詳しいようで話が尽きない。どうやら妖怪好きは本物らしい。ならば、かまわないだろう。
「近くに妖怪と会えそうな場所があるんですけど、行ってみますか?」
「へえ、それはぜひ行きたいな」
了解を得たので、私は彼を連れ、道を外れて歩きだした。
深大寺は深い。そのことを彼は知らない。
道々、彼の妖怪談義は続いていた。まわりのことすら目に入らないように、熱がこもっている。
「自分を妖怪に例えると?」ふいに彼が聞いてくる。
「なんだろう? 私は裏返しが好きなんですけど」
名が知られているものばかりじゃない。人と同じくらい妖怪も多種多様なのだ。
「裏返し? じゃあ枕返しとか。可愛いですよね、いたずらっこみたいで」
「うーん、枕返しとはちょっと違うかな」
「それはそうでしょう。そんな妖怪よりあなたのほうがずっといい」
後ろからぎゅっと抱きしめられた。
案外力が強いのね。
でも難なく腕から逃れた私は、マスクを外して彼に顔を近づける。素早く彼のマスクも取ってしまう。
「……タイプです」あら、うれしい。でもね、女って見かけと中身は違うものでしょ。
「私は枕返しみたいに可愛くはないの。クールだから」
首をかしげていた彼はすぐにはっとして「しまった」という顔つきになる。
正直な人。下心なんてはなから丸わかりだった。でも欲望があるから人なのよ。
状況を理解したのかしたくないのか。いいや拒否しても心のどこかではもうわかっているだろう。
驚き。懐疑。失望。空しい希望。浮かんでは消える表情。変化は目まぐるしい。警戒信号が鳴り響くような早い鼓動。荒い呼吸。体中の毛穴からぶわりと恐怖が吹きだした。
本物の恐怖を味わったのは一瞬だろう。私は長引かせない。
服を脱がせ、裏返しにした。
ぬくもりの残る肌をなでる。なめらかな感触。
これよこれ。
私は鋭い爪に皮を引っかけて、足先からやわらかい腿に向かってつぅーっと丁寧に皮を剥いでいく。その快感に身震いをする。
ああ、たまらなく心地よい。
理由などない。私はただ裏返すのが好きなのだ。