イケメンエルフと、彼女が欲しいヒューマン
ここは、とある酒場のカウンター席。
いい感じにお酒が回り上機嫌だった男が一転、なにやら深刻そうに話を切り出した。
「ここだけの話、そろそろ俺も身を固めようと思ってな……」
そう決意を表明したのは、冒険者として成り上がろうと、若かりし頃からひたすらダンジョンに潜り続けてきた人間族の男、マサである。
「おおお!! 女性に脇目も振らず、冒険者一筋だったマサもついに家庭を持つときが来たのか!?」
と、マサの隣で驚いているのは、エルフ族のアプフェル。
どんな女性であろうと必ず振り返らせてしまうという、恐怖のイケメンである。
「ああ。けど、俺は今まで一心不乱に仕事だけをこなしてきたから、どうも周りに女っ気がなくてな。恥ずかしながら、今日はアプフェルに、誰かいい娘がいないか紹介してもらえないかと思って……」
「なんだ、そんなことか! それなら僕に任せておけ!」
もうほとんど芸術に近いくらい整いまくった顔つきで、アプフェルは笑った。
「それは頼もしい」
「マサはどんな娘が好みなんだ?」
「優しい娘だったらいいが、あまり贅沢は言わないでおくよ」
と、顔面偏差値ジャスト50のマサは、万人受けし、程よく安心感のある表情で、お酒を一口。
「う~ん。なるほど、じゃあガーネットちゃんなんてどうだろう」
「ほう。ガーネットちゃん」
「ガーネットちゃんは、めちゃくちゃ優しい」
「いいな、それは」
「それに獣人族だから、かなり人懐っこい」
「最高じゃないか」
「マサは、ケモミミってあんまり気にしないタイプ?」
「ケモミミ? 獣の耳?」
「うん。ちょっと長めなんだけど……」
「全然気にしない」
「それならよかった」
「ふむ、ケモミミか……。イヌの娘だろうか? それとも、ネコの娘? あっ! ちょっと長めということだから、ウサギの娘か?」
「ううん。ゾウ」
「あっ!? 横に長いタイプ!?」
「あと体重が1トン」
「1トン!?」
「アッチの方も積極的みたいなんだけど、ダメ?」
「いや、アッチの方が積極的なのは男としては嬉しいが……。俺、彼女をお姫様だっこしてあげるのが夢なんだ……。だから、せめて体重はキロ単位の娘で頼む……」
圧死は避けたい……と、額に冷や汗が滲んでいるマサと、そっかぁ、キロの娘かぁ……と、再び熟考しているアプフェル。
すると、泣く子も惚れる程のイケメン、アプフェルの真剣な表情が、ハッと明るくなる。
「ならマリアちゃんなんかどうだろう!」
「マリアちゃん?」
「マリアちゃんは、もうめちゃくちゃ清楚」
「いいな、清楚は。いいぞ、清楚は」
「教会に勤めている人間族で、ほとんど聖母」
「最高じゃないか」
「ただ、ちょっとだけ問題があって……」
情け容赦のないイケメン、アプフェルの声色が暗くなる。
「問題……?」
マサが、ゴクリと生唾を飲み込む。
「『ふぇぇ~』が口癖なんだ……」
「まっ、まぁ、そんな娘もいるよな! 余裕、余裕! 全然許容範囲だ!」
「あと、『ふにゅ~』も……」
「だっ、大丈夫、大丈夫!」
「おまけに、語尾に『~なのら』を付けるんだ……」
「もしかして、その娘は幼女じゃないのか? ダメだぞ、幼女は。俺が捕まってしまうからな」
「いや、今年で90歳らしい」
「バケモンじゃねぇか!!」
「えっ? 90歳なんてまだピチピチじゃないか」
「齢90にして、そのワードチョイスはバケモンだろう! それに、長寿のエルフ族と時の流れを一緒に考えてはいけない! それだけはダメ、ゼッタイ!」
「そうかぁ、ダメかぁ……。アッチの方も積極的みたいなんだけど……」
「やっぱりバケモンじゃねぇか!」
と、青褪めた表情で、額の冷や汗を拭いまくるマサ。
「う~ん。マリアさんもダメとなると……」
と、残念そうな顔ながら、あらゆる角度からイケメンのアプフェル。
「まさか、これは俺が贅沢を言っているのか?」
と、マサが混乱し始めた、そのとき。
「見た目がちょっと苦手……って人が多いかもしれない娘なんだけど……」
劇的にイケメンのアプフェルが、おそるおそるマサの顔色を窺う。
「安心しろ。俺は女性の内面を重視する男だ」
「オーク族なんだけど、奥森さんはどうだろうか……」
「いや、急に苗字」
「やっぱりダメだよねぇ……?」
「待て、待て。確かに一般的には、オーク族の娘は好き嫌いが分かれるだろう。しかし、俺は、さっきも言った通り、女性を中身で判断する男だ」
「流石だな、マサは」
と、ほっとした表情さえ、尋常ならざるイケメン、アプフェル。
その横顔に目を奪われていた女性店員が、カウンターの内側で、キンキンに冷えたビールジョッキをぶちまけている。
……が、そんなこと一切お構いなしの二人は、情熱的な態度で、奥森さんについての情報を共有し始めた。
「おい、アプフェル。その奥森さんは、どういった感じの娘なんだ?」
「安心しろ、マサ。奥森さんもアッチの方が積極的みたいだ」
「いや、それは特に心配していないが……控え目に言って最高じゃないか!」
「それに、ボン、キュッ、ボンだ」
「ムホホ……ンンッ!! 失礼」
マサはだらしなく伸び切った鼻の下を、咳払いによって一瞬で引き締めた。
「あと、甲斐性もあるらしい」
「ほう、甲斐性。何かお仕事でもされているのかな?」
「90」
「なっ!? 奥森さんも90歳なのか!?」
「いや違う、月に90」
「はぁ~。一ヶ月で90万ゴールドも稼ぐなんて、奥森さんは大した甲斐性の持ち主なんだな。まぁ今時、共働きの世帯も珍しくな――」
「いや、月に90匹、子供を産むらしい」
「90匹!?」
マサの裏返った声が、酒場の喧騒に掻き消される。
「おい、アプフェル。それはいくらなんでも多産すぎる!!」
「ダメ?」
「ダメダメ!! 奥森さんは悪くないけど、俺が死ぬ!!」
「そうか……。ダメか……」
「しかも月に90匹出産しているって……もしかしなくても、奥森さんは人妻だろうが!」
「あぁ、それは文化の違いってやつだね。オーク族は特定のつがいを持たないらしいから」
「そうなの!? しかし、月に90匹か……。前々から思っていたが、人間族は一夫一婦制がちょうどいい気がしているぞ、俺は……」
何を想像してしまったのか、カルチャーショックで血の気が引き、顔面蒼白なマサは震えた声でそうボヤく。
「う~ん。奥森さんもダメだと、もう……」
と、明らかに落ち込むアプフェル。
その悲壮感漂う姿は神々しさすらあった。
あまりの美しさに、意識が朦朧としてしまった女性店員たちが、料理の乗った皿を一斉にぶちまけている。
熱々の唐揚げやポテトが大量に宙を乱れ舞っている中、二人は冷静に集中して話し合いを続けていた。
「欲は言わない。本当に欲は言わないから、アプフェル、どうか平均的な娘を俺に紹介してくれないか」
「力になれなくてすまない、マサ……。実は、僕、女性から避けられているみたいなんだ……」
「そんな馬鹿な話が……いや、ありうるかもしれない……。子供の頃に聞かされた伝説によると、イケメンがすぎる場合、逆に女性が近づけないということがあるらしいからな。具合が悪くなるらしい」
「ちくしょうッ! イケメンがすぎているというのか、この僕が!?」
「あぁ恐らく、残念ながら。女性は夜も眠れなくなるらしいからな、相手のイケメンがすぎると。魘されるらしい」
「なっ、なんということだ……。呪いの類じゃないか、そんなの……」
と、両手で顔を覆うアプフェル。
命に関わる程のイケメンである彼の肩に、圧倒的庶民顔のマサは同情を寄せるように、そっと手を置いた。
「マサ!! もうこうなったら最後の手段なんだが!!」
と、突然アプフェルが、ガバッと身体ごとマサの方を向いた。
「さ、最後の手段?」
もはや問答無用でイケメンである彼の顔が急接近し、マサがたじろぐ。
「俺の妹なんて、どうだろうか?」
「アプフェルの妹!?」
「ガーネットちゃん程ではないけど、耳は尖っていて長いし……」
「いや、全然OK。エルフ族の耳だろ? それはもう、ちょうどいいまである」
「マリアさん程ではないけど、今年で50歳だし……」
「いや、全然OK。エルフ族だからピチピチなんだろ? それはもう、ちょうどいいまである」
「奥森さん程ではないけど、子供に興味があるみたいだし……」
「いや、全然OK。エルフ族は基本的に控え目なんだろ? それはもう、ちょうどいいまである」
もはやマサは、最高にちょうどいいアプフェルの妹を空想して、完全に浮かれてしまっていた。
「本当か!? 本当にいいのか、マサ!?」
アプフェルが嬉しそうに、確認をとる。
「当たり前だろ、アプフェル義兄さん」
こうしてマサは、アプフェルからエルフ族の美しい妹を紹介してもらい、彼女と末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
お読みいただき、ありがとうございました。
ファンタジー風のコメディーはいかがだったでしょうか。
笑っていただけていたら幸いに存じます。
最後になりますが、小説ページ下部に、現在連載中の異世界コメディーのリンクを貼っております。
もしよろしければ、そちらもご一読いただけると嬉しく存じます。