86 お茶の真意
「飲んだわ、リサ……見事なほど躊躇無く」
ロゼッタがお茶を一気に飲み干した俺を見て言った。
(さっきピリッとしたよ。やっぱ毒が入ってたのか)
「残念だったわね、でもしょうがないわ。だってあなたが選んだんですもの」
「リサはローズが飲むって信じてたの、飲まなくてもいいのに飲むってちょっとは思ってたの、リサが飲まなくても先に飲むってわかってたの」
(俺ってここで死ぬのか……というかこの後リサに食べられてしまうって事か。はぁ、あんなちっちゃな口でどうやって俺を喰うんだか……)
「ここでグダグダしてくれてたら、リサが殺らなくてもわたしが殺ってあげたのに、あっけない程飲んでしまうなんて」
ロゼッタが俯いたリサの前にやって来た。リサから赤いカップを受け取るとテーブルに置いた。リサの左手はお茶をこぼしそうな程震えていて、今度はロゼッタが優しくその手を握る。
「リサ、結局あなたが選んだ人は間違ってなかった。それどころか大正解だったのよ。疑ってごめんなさいね……あなたはわたしの誇らしい妹、賭けはあなたの勝ち。勝ちたくなかったあなたの勝ち、わたしに勝ち目なんて最初から無かったみたいね」
なんだか立っていられなくなって、俺は椅子に腰かけた。モフモフさんが目をこすっている。
(そっか、俺ってここで死ぬのか。モフモフさんはリサの影響を受けるから、こうするしか無かったリサの悲しい気持ちが伝わって泣いているわけだ……)
「うさぎとマッテオ、付いて来なさい。この先のルートを説明するわ。残りの試練は全部飛ばしてマッテオの娘を救いに行きましょう。リサとローズを2人にしてあげるのよ」
そう言うとロゼッタは窓際の階段を、スカートの裾を摘んで軽やかに登って行った。
「じゃ、じゃあなっ、ラヴィちゃん。またなっ……」
そう言ってモフモフさんはロゼッタの後を追って行った。
「ラヴィちゃん、残念だよ。楽しかった、ありがとなっ」
マッテオさんも気丈に振る舞って階段を登って行く。そして俺とリサは2人、書架の部屋に残された。
リサが椅子に座った俺の後ろに立った。俺は目を閉じてなんとなく俯いた、首から噛み付くならこの方がやり易いだろうと思ったんだ。
リサの両手が俺の肩越しに伸びて来て、俺の胸の前に置かれた。背後から抱きつくような形になってリサの顔が右の耳元に来た。
(ガブッて来るのか、ここでガブッって吸血鬼みたいに首筋に噛み付くのか? はぁぁぁ、緊張する〜)
「ローズ、ローズ聞いて。蜘蛛はね、捉えた獲物の中身を溶かして吸い尽くして食べてしまうの、知ってた?」
リサが話し出したので俺は目を開けた。
(はっ、リサの顔が至近距離にあるし……)
俺が顔を右に向けるとリサと目が合って、リサのまばたきが良く見えた。
「どうぞ、早く食べろよ。リサこそ知ってるか? 俺さ、昔読んだ本で主人公の体が小さくなって、本当は小さな蜘蛛だけど、巨大な蜘蛛の相棒と冒険を繰り広げる物語が今でも忘れられないんだ。言葉も通じないのに、お互いを理解して助け合って。冒険を終えて最後に主人公は元の大きさに戻ることが出来て、一緒に冒険をした相棒の蜘蛛は小さな小さな蜘蛛になってしまって、その小さな両手をを2本挙げて挨拶するとピョンピョン跳ねて元の世界に戻って行って、お別れをしたお話なんだ。俺はあれから蜘蛛の事が好きだ、ちっちゃな蜘蛛でも友達になれるって思ってたんだ」
「リサもその本が読みたい、ローズが好きなその本が読みたい、リサもそんな蜘蛛になりたい、でもリサは最後にお別れなんて、したくは無いな……」
[参照文献]
『魔法の国ザンス』(まほうのくにザンス)シリーズ。ピアズ・アンソニイ (Piers Anthony) 著
ファンタジーのバイブルである『魔法の国ザンス』(まほうのくにザンス)シリーズに登場した、蜘蛛のジャンパーの事をラヴィアンローズは話しています。