80 風に舞うウサギ
ルーチンワークをこなすロゼッタ。やっている事に一切の疑念を持たず、黙々と糸を手繰り寄せている。
普通は細くて見えなくて、でも光の当たり具合や目の良い者には見ることが出来るのが蜘蛛の糸。しかしロゼッタの糸は一切の存在が見えない糸、見えなければ、もうそれは力場やサイコキネシスの類で、糸と言い張っても言っている本人しか存在が分からないのだから、ロゼッタが糸と呼んでいるのであればそれは糸、糸であった。
ロゼッタの糸はベランダにもちゃんと繋がっていて、ガチガチに硬く変化していた。つまり、もしもモフモフうさぎが偶然その糸に触れて糸の存在に気がつけばモフモフうさぎはベランダから落ちる事はなかったかもしれないし、ロゼッタやテーブルの下にも糸は張り巡らされているので、モフモフうさぎが10mの跳躍を見せれば、ロゼッタの隣に立つ事が出来ていたわけだ。
「お前は落ちた、結果は残酷。息絶えてこれで終わり、なのに私は糸を手繰り寄せるの……そうだ! これからお茶だったのよ。初めてのお客様、汚らしいのは嫌だから服を用意したのにどうして?」
ロゼッタは首を傾げて悩んでいる。
ロゼッタが手を止めてしまったので、崖から離れた空中に、側から見れば足を上にしてぶらぶら浮いているモフモフうさぎ。その姿は両手をダラリと下げた浮遊霊のようだった。
「ここから見る眺めは最高なの、ロゼッタ姉様のお気に入りでリサのお気に入りの場所。今日からローズも仲間入りなの、リサは心から嬉しいのよ。窓辺に立つと空に浮いているようで、飛んでいるような気になってってあれ……ローズ」
「あ、ああ、あれば空を飛ぶモフモフさんだね……死んだのかな?」
窓の外の素晴らしい風景に、風に煽られてグルグル回転しながら振り子時計の様に揺れるモフモフうさぎがぶらぶらしていた。
「ここに居ないと思ったら、うさぎは何をしているの?」
「リサ、リサなら分かるんじゃない? モフモフさんの考えが伝わるんじゃなかったっけ」
手を振ってみたけどモフモフさんの反応は無かった。
(あの様子じゃ意識がないな……)
「ううん、リサわからないの。うさぎの反応が無いの……あっ、うさぎが浮いて行く」
「あっ、本当だっ。上の方に誰かいるよ」
「姉様! 姉様がうさぎを救ってあげたのねっ。きっとうさぎが絶望して身を投げたのを偶然にも気がついた姉様が救ってあげたのよ。リサなら放っておくのに、ローズ、あれがロゼッタ姉様、私の尊敬するお姉様よ」
軽々とモフモフうさぎを手繰り寄せるロゼッタは、あと5mぐらいになった所で片手を振って、軽く上に挙げる仕草をした。グンッとモフモフうさぎの体が持ち上がり、けん玉のようにストンッとロゼッタの腕の中に飛び込んで来た。
意識の無いモフモフうさぎを椅子に座らせて、仮面を着けるとロゼッタも椅子に座った。
「ボロボロになってしまって……馬鹿にしてごめんなさい、良く見てなかったわ。あなたにはもう資格があったみたい、リサが文句を言いながらもここに連れて来たもの。長い道のりの中でこんな事もあるでしょっ、許しなさい。取り敢えず謝ってあげるわ、聞こえてないでしょうけどロゼッタが謝ったの。感動しなさいっ!」
「聞いてるの?」
確かめる様にロゼッタがモフモフうさぎの顔を見る。
「……」