79 俺は空を飛べない
「俺は空を飛べない、いや違うか。空中に浮かぶ魔法とか使えないから無理だよ」
ロゼッタの側に丸いテーブルがあって、椅子が4つある。どちらも空中に浮いていて、あたかもそこにちゃんと床があるように並んであった。テーブルの上にはモフモフうさぎの為に用意したであろう折り畳んだ衣服が置かれてあった。
「その手であれもこれも壊して、それは夢みたいな物で次こそはと言い訳をする。時にお前自身も壊してしまうのに、お前はまた現れて壊れていく。何度目なの? 私はいったい何度繰り返さなければならないの?」
(…… ロゼッタ、お前は何かおかしい。会話に繋がりが無くて、まるで決められたセリフを何度も繰り返すだけの、昔のロールプレイングゲームをやっているみたいだ )
「そっちには行けない、俺は落ちちゃうよ」
「お前はもう引き返せないのよ。ずっとそこに居るつもりかしら?」
モフモフうさぎが後ろの扉を引いてみる。しかし開く事は無かった。
「ちっ、やっぱ開かねえか」
「開けないの、そして壊せないの。ねぇ、ジタバタしないでこっちに来たら?」
ロゼッタの言葉を聞いて、モフモフうさぎが破れた上着をビリビリと裂いた。上着の切れ端で作った1枚の布切れを目の前に投げ放って風に乗って落ちて行くのを見ながら、モフモフうさぎは片膝をついてベランダから手を泳がせてみる。
「怖ぇ、現実だろ。落ちたら地面に着くまで1分ぐらいかかりそうな高さだし。ロゼッタ、落ちたらまた俺死ぬよな」
「私は立っているのに? お前は、自分がもしかしたら幻影を見ているのではと思ったりしないの? 私が実は普通の部屋に居るのに、そうでは無いように見せてお前を試しているかもしれないのに」
「今更何を…… さっきの見たろっ、普通に落ちるわっ」
「命綱無しのバンジージャンプ、いい響きね」
(んな事言ってねぇよ)
「なんでそこに行かなきゃならないんだ? 訳を教えてくれよっ」
首を傾げてロゼッタは少し悩んだ後に答えた。
「そう決められているから。私がここに居るのも、この家に居るのも全部決められている事だから。訳なんて知らないわ。お前が落ちるのかどうかなんて私が決める事では無いし、落ちた所で助ける義務も無い。私が知りたいのは資格があるかどうかだけ」
(資格? 訳が分からん。何がこの状況を打開するキーワードになるんだ?)
「勇気を見せて、早くっ! お前なら出来るからさっさと飛んで終わらせて頂戴。ここって寒いのよ、風が強いし…… お前の期待通りスカートで来たら大変な事になってたんだから」
「なんでスカートの事を知っ……?」
ゴロッ、バリバリッ
「ああ、ほらっ天気が悪くなってきたじゃない。早く来てよっ、雷の音がしたから嵐が来るのよ。もうどうでもいいから終わらせて! あんたがやらないとずっとこのままなんだからっ」
(もういい、やってやるよ。イメージだっ、水面を波紋を起こす事なく歩くような、足元には実はガラスの床があって透けているだけだ、勇気を出せば歩いて行ける )
「いくぞっ」
ベランダから1歩踏み出したモフモフうさぎの足は、固い地面をとらえる事なく、どこまでも下に踏み込めた。
「ああぁぁ、スカッた! わわわわっ」
手をグルグル回してどこかに捕まろうとしたモフモフうだが、その手は空を切って…… サヨナラした。
「あっ、やっと落ちた。あぁもう面倒な仕事。手間がかかるわ」
そう言ってロゼッタは深いため息を吐いた。風で浮き上がりそうになった仮面を外してテーブルに置くと
「せーのっ」
足を踏ん張って、両手に力を入れるとロゼッタの糸にグーンと重みが加わった。ゆっくりと引き上げるその糸の先には、力の抜けたモフモフうさぎが頭を下にして吊り下がっていた。