72 この一瞬も、蝶が羽ばたいている
「ねえねえ、3人なんてどこに居るの?」
俺の写真を手に取って、じっくり見ていたリサが首を傾げて言った。
「確かにマッテオさんの娘さん、ナギサちゃんしか写ってないけど、他にも2人……」
「ナギサちゃん血だらけなの、早く治してあげたい。リサなら治せるの、ローズ早くっ、急ごうよ」
(そうだった、リサなら治せるじゃん。千切れていた手をくっつけて、モフモフさんを復活させた凄腕の治療師? だし)
俺達はリサを先頭に、早足で奥に続くお堂を進んで行く。左右対称の建物の造りで、今は板壁に等間隔に据え付けられた格子窓から外の光が通路を照らし、時折見える外の風景はどう見ても日本庭園。遠くに山も見えるし借景を利用した造りだろう。
「この写真に写ってる穴って暗くて中がよく見えないな」
歩きながらモフモフさんが言った。モフモフさんはまだ写真を見ながら歩いている。
「他に2人ってさ」
「ちょっと待った、モフモフさん」
「んっ、何? ラヴィちゃん」
(モフモフさんはまだ理解してないみたい、危ねぇ)
俺はモフモフさんに近づいて、モフモフさんにだけ聞こえる様に小さな声で説明する。
(文字チャットを使ってダイレクトに話をすればいいんだけど、歩きながらだし、そんな時間も無さそうだからやっぱり普通に話す方が早いって思ったんだ)
「あのね、もし今モフモフさんが他にも2人の被害者が居るんじゃないか? ……なんて事を言ったとして、それをマッテオさんとリサが、そうかもしれないと思い込んだらさ、その時点で被害者は多分3人になるはずなんだ。簡単に言うと、俺達の会話1つでこの先の事が変化していく。だから発言に気をつけなくてはならないって事を言いたいわけで」
「んんん……あぁぁ成る程、言ってる意味が今解ったよ。ラヴィちゃん良く気がついたな」
ボロボロの服からチラチラ見える、モフモフさんの引き締まった筋肉がすごい気になる。
「そう言う事ならさ、ナギサちゃんはもう助かったんじゃないかって逆に言ってみるのはどうだろ」
「うーん、それを信じる根拠が無いからね。特にリサが納得するなんて思えないし、あの子色々聞いてくる性格だから、辻褄が合わない事は信じないと思うよ」
「ねぇ、ねぇ、ローズと黒うさぎ。何をこっそり話しているの? リサ、ちゃんと全部聴こえてるよ……」
前を歩いているリサが言ってきた。
「えっ、リサ聞こえたの?」
「うん、だから別に怒らない。リサ、ローズが言っている事がなんだかわかったの、だから別に怒らないから」
(2回繰り返すって、怒ってるって事かな? 微妙だな)
リサが俺の側に来て手を組んできた。モフモフさんが俺から離れる。
「一緒に歩くの、ローズ、お話があるの」
(げっ、やっぱり……)
「話?」
「マッテオは黒うさぎにナギサちゃんの説明をしててちょうだい。リサは今からローズと大事な話をするの、わかった?」
(相変わらず強引)
「そうだな、聞いてくれ黒うさぎ。俺はなんて酷い事をしたんだ……大人しくしろっつってんだろうが、このアマ。逃げても無駄なんだよっ、オラァ、この部屋で行き止まりなんだよっ。お前はもう終わってんだ、黙って切り刻まれろや。うるせえんだよ、訳なんてねえよっ……」
マッテオ小劇場が始まった。
いきなりでビックリしたモフモフさんに、マッテオさんは写真の部屋での出来事を細かく説明しだした。モフモフさんはその話を聞きながら目をパチクリさせていた。