60 それぞれの正義
(くだらねえ、こんなんで怒るなんてちょっとおかしいだろっ。つーか門の外には出て来ねえのか?)
「喰らえっ、うさぎっ、そもそもお前を通すつもりはなかったからなぁー」
炎の塊が門から投げつけられた。空気が熱で揺らめいてモフモフうさぎがいた場所の側を通りすぎる。背後の生け垣が黒焦げになって丸い穴が空いた。
(あぶねぇ、当たるとこだった。冷やっとしたぜ。熱かったけど)
「どうやったら通してくれるんだ? 他に先に進む道とかないのか?」
「この道を行けば……か、ロゼッタ様が、それを許せば先にも行けよう。が、しかしな、それは無理というものよ。わかっておろう、お主はリサ様を殺した」
弟者が冷たく言い放った。何も言い返せないモフモフうさぎと、攻撃の手を止めた兄者。
(今の俺じゃあ戦ってどうにかなりそうな相手じゃないし、道理も筋もあちらに正義がある。どうすりゃいい? 俺、というかライジングサンがリサを消してしまったのは確かだし)
「おイタが過ぎたな、うさぎよ。自分のした事の非道に気がついたか? どんな者かと話してみれば、軽い軽いっ、つまらぬ奴であったわ」
怒りの炎で包まれていた兄者がシューっと元の石像の色に戻っていく。
「リサ様は草花を愛でる優しいお方、我らのような無骨な漢の足元さえも、美しい花で埋め尽くしてくれた。もう二度とリサ様とお会いする事が出来ぬ我らに出来る事は、リサ様を殺めたうさぎ、お主を殺す事のみ。黙って殺されろとは言わん、あのリサ様を倒すほどの手練れならば本気で抗えばよかろう。このような狭い場所でなく適所を用意してやろうではないか。リサ様の弔い合戦、受けて立つよなっ、うさぎよ」
兄者が、溶けて曲がってしまった門を力ずくで開いた。
「ついて来いっ! うさぎ、我らを倒せば先にも進めようぞ。この上の庭先にて相手をしてやろう、それまでは手出しはせぬ」
そう言って兄者はモフモフうさぎに背を向け、苔むした石の階段を登って行く。弟者もそれに倣って階段へ向かう。
「正義とは何じゃ? うさぎよ、我ら常々問答をしておる。ちと長い階段じゃ、話に付き合え」
弟者がモフモフうさぎに声をかけた。
覚悟を決めたモフモフうさぎが後に付いて門の中に足を踏み入れる、弟者も既に階段に足を掛けていた。
見上げるほど長々と続く石階段。途中、途中に石灯篭が設けられていて、今は昼下がり。木漏れ日に苔の緑が映える美しい光景。三段飛ばしで階段を登って行く兄者は既に先に見えて、それでいて兄者の巨体に圧倒されてしまうモフモフうさぎであった。
(なんと言っても……なんとも言いようがない。単純明確な答えがポンッとあるならばいいのに。俺、ゲームの中でも悩まなきゃ行けないのか……逃げたいのか? いいや、駄目だ。ここまで来てポンコツに成り下がるなんて絶対駄目なんだ。どうせ死ぬなら戦ってやる、あの拳でぐちゃぐちゃになっても……)
「正義とはなんぞや? 答えようさぎ」
弟者から声が掛かる。
「正義とは、各々にある信念。時に相容れぬ物、時に真逆の意味を持つ事柄。正義に世界共通の物など存在はしないっ」
「……そうか。馬鹿でもないなお主、まだまだ階段は長いぞ。次じゃ」
弟者の歩幅が2段飛ばしになった。歩みをモフモフうさぎに合わせたようだ。モフモフうさぎも石階段を登り始めた。周りは竹林、石階段は何故か湿り気を帯びて滑り易い気がした。