53 素敵な花の回廊
「なあ、マッテオさん。なんでこの通りには誰も居ないんだ?」
ラヴィアンローズが前を歩くマッテオに聞いた。人が居ない事を除けば、歴史を感じる古い街並みに現在を組み合わせた店構えであったりして、観光で訪れたとある外国の素敵な通りを目の当たりにしている。
「俺様さえ居れば良い、多分そういう事だ」
「ふーん、建物の中には入れるのかな?」
両側に建ち並ぶ4階、5階の建物2階から上はアパートのようで、住んでいいならこんなとこもいいなって思いながらラヴィアンローズは歩いている。
「ただなあ、おかしな事に肉屋がねえんだ。俺が出張って来ているんだから、せっかくなら肉屋から出て来たいもんだよな」
「街にはちゃんとマッテオさんのお店はあんの?」
「おうっ、ちゃんとあるぞ。西に抜ける大通りの真ん中辺りでやってる。うちもこんな感じだし、そうだ、そのうちラヴィちゃんも街の外で動物とか狩ってくるんだろ。うちに持って来たら買うからよろしくな」
「了解」
(肉を買ってくれるか……成る程。クエストでありそうだな、街の人たちのお手伝い系クエスト、何々のお肉が欲しいから取ってきてねとかさ)
「さあ、着いたぞ。この扉の番人ってのが俺の役目だったんだけど、ラヴィちゃんはウエルカムだ」
マッテオさんは首からぶら下げたおっきな鍵を黒っぽい扉の鍵穴に突っ込んでガチャリと回した。鍵が開いてマッテオさんが大きな両開きの扉を押していく。
ギィーーーーーッ
と、大きな音がして扉が開いた。そしてラヴィアンローズが感じたのは、空間を包み込む薔薇の花の香り。
「いい匂いがする。あたしの大好きな薔薇の香り、わぁすごーい、花! 花! 花! 何、この素晴らしい花園……感動。素晴らしいっ!」
「そうかそうか、ラヴィちゃんの名前だもんな、ローズ、薔薇か。ラヴィちゃんにぴったりな場所だな」
「ここってずーっとこの花園が続くの?」
「ラヴィちゃん、女になってね? 本当に男か?」
「気にしないで、こんな素敵な場所で素顔の自分を隠す事なんて出来ないわ」
「ははは……参ったな。ま、いいか、気にしねぇよ。で、ここは花の回廊って呼ばれている温室、と言ってもさっきの通りと同じくらい長い距離があるけどな。ここにはこれだけの花の面倒を1人で見ている子がいるんだ、挨拶していかないとな。いい子なんだけど、ちょっとだけ人見知りのリサって女の子が居るから、付いて来てくれ。先に行くなよ、っておい、おいおいおい、待て、待てラヴィちゃん! ちょっとまずいんだって」
フラフラと幾重にも重なる花々のアーチをくぐり抜けて、秘密の花園に迷い込んだ蝶は誘われるように先に進む。マッテオが止める声は耳に入っていないようだ。
ラヴィアンローズは、花の魔力に捕らわれていた。もしも誰かが魔法をかけていたならばだが。
「どんどん行き過ぎっ! リサが怒ったら面倒なんだって、待ってくれー」
軽やかに先に進むラヴィを追って行きたいマッテオが扉を閉める。
「開けっ放しは、めっちゃ怒るからな。あぁもう、知らんからな」