80 試練の黒い塔 第二階層
止まっていた時間が動き出す、と言っても僕ら以外のみんなの時間の事だけど。春天公主の作り出した幻想の世界から、試練の黒い塔へと戻って来た僕と美結とハルヒメは、直ぐに天井から聞こえて来たアナウンスで残り時間が少ない事を知った。
「残り856人だって言ったよね。めっちゃ減ってない?」
「確かに。一瞬で1000人近くも減ったのか?」
「心当たりはある」
「もしかしたら、真凛と奏音かな?」
えっ、美結が真凛と奏音って言った?
「真凛と奏音って言ったよね、美結は二人を知ってるの?」
「知ってるよ、ハルと一緒に戦ったの。あっ大丈夫だよ、その後友達になったから」
最初に会った時の大きな白狐の姿の春天公主の背に乗りながら、美結はホールの中央付近を見ていた。
「約束したの、真凛と奏音の力になるって」
◆◆◆
「人間、人間、人間」
真っ黒く塗りつぶされた冒険者達の身体から盛り上がって来る奏音の姿。目の前にいる人間全てを殺そうと、悲痛な叫びで黒い鞭を振るっていた。
ビュ、ビュ、ビュ、ビュ、ビュ、ビュッ
空を切る見えない刃は真凛の糸である。
── 近寄り難し
恐らく射程距離は300mを越えている。視界に入る動く物の全てを問答無用で切り裂いている。その攻撃をかわす強者も中には居るが、近づく前に奏音が影の中から倒してしまう。
射程距離の更に外から遠巻きに、スクリーンショットのフォーカス機能を使って誰が居るのか見ている冒険者達は、そのシルエットがアクエリアの姫ロゼッタに似ている事に気づき、何が起きているのかを悟ったのであった。
「ウガァ、ウガァ、ギィヤァァァ」
(あれだ、あれだよ、ロゼッタだ)
「首を絞めてやるっ、息の根が止まるまでなっ」
(黒いけど間違いないっ、あれはロゼッタだろっ)
目の前で黒塗りの冒険者達が殺されまくって、円形の立ち入り禁止フィールドのようになった場所。それよりも外に立って、お互いに戦うのをやめた冒険者達が話す言葉は、汚く危険な響きのするものばかり。誰一人意思の疎通が出来ない中で、それぞれが見ている相手が誰なのかという疑問について、ロゼッタらしき女の姿を指差してお互い頷きあう事で同じ考えであるという一体感が生まれていた。
残り人数のカウントが1500人を大幅に切った事で、冒険者同士の殺し合いはひとまず落ち着いている。
◇◇
[只今より試練の塔、第二階層へ移動します。1500人が次の階層へ移動出来ます。第一階層で生き残った冒険者は792人です。移動中は攻撃不可、ダメージを与える事は出来ません。移動中にフィールドに出現する宝箱には、レアな武器や防具、アクセサリーなどが詰め込まれています。宝箱が出現する場所はランダムです、宝箱を開けるには宝箱に決められたダメージを与えなければなりません。ダメージ量に応じてアイテムの獲得権が変わります。尚、残った宝箱はそのまま次の階層へ引き継がれます。生き残った冒険者の皆様、奮ってアイテムゲットしてください]
◇◇
「奏音戻って来てっ、今は攻撃出来ない」
エレベーターのように上にフロア自体が上昇する感覚がある。フロアの中央からも遠く、外周からも離れた場所に陣取る真凛と奏音には、揺れながら地響きを立てるフロアに突如として現れた宝箱を前にして、近づいて来る冒険者達から逃げるように人の居ない場所を探して移動を始めた。
(お姉ちゃん、この影からアイツを感じるの)
(分かってる、やはりこの塔はアイツの作り出した物ね。最後まで残ればアイツの所に辿り着けるはず)
(少し強いのが居たね)
(問題無いわっ、奏音。今回は影を利用すれば良い、アイツの影は今の私達にとってとても相性が良いから)
(ただね、奏音気がついたの)
(何を?)
(お姉様が倒した人間の数が953人、私は49人。最初のアナウンスで聞いた人数は2581人だった。そして今生き残っているのは、856人。そんなに人間同士で殺し合っているようには見えなかった)
(たまに現れるモンスターに殺されたのでは?)
(減り方が大きい。私達のような存在が居ると思うの、奏音はそれがイーニーと春天公主だと信じてる)
あちこちで宝箱を攻撃する音が鳴り響く。変な言葉で冒険者が叫んでいるのは、レアなアイテムをゲットしたからなのだろう。フィールドの中心に向かって進む真凛と奏音は、周りが明るくなって来たことに気づいた。思いのほか冒険者も少なく、残り人数の表示されている中心の柱まで辿り着いた時には誰も居なくなっていた。
「お姉ちゃん、誰も居ないじゃない。どうしてかな? 危ないのかな、ここって」
「そんな気がするわね。まだ階層を移動している。モンスターは居ない」
腰を落として周りへの警戒を怠らない真凛が、地面の揺れを感じて言った。
「長い……あっ、カウントされてる。59・58・57」
「もうすぐ第二階層に着くのね。奏音、私達もここを離れましょう。嫌な感じがするから」
そう言うと、真凛は床を蹴り上げ来た方向と反対側を目指して駆け出した。