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79 思い出の時が動き出す

美結(みゆ)


「お兄ちゃん」


 僕は、忘れかけていたのか。いや忘れようとしていたんだろうか。いや違う。きっと忘れられなすぎて、それがきつくて、しまい込んでしまおうとしていたんだろう。


春天公主(ハルヒメ)、まだ時間はあるかい?」


「外の世界は時が止まったままだ。好きなだけ時間はある」


「そうか、ありがとう。美結(みゆ)、少し散歩しないか?」


 さっきまでイーニーという名の人形だった僕の妹の美結(みゆ)。よく家族で歩いた浜辺に行きたくなったんだ。すると鎮守の杜の中だったはずが、いきなり砂浜が続く海岸になってしまった。


「ここに来るのは久しぶりねっ、お兄ちゃん。貝でも掘るの?」


「んっ? まだ潮が引いていないし、ってか、ここに貝なんていないだろっ」


「なんでここなの?」


 裸足になって波打ち際を歩く美結(みゆ)の小さな足跡は、寄せる波が引くたびに消えていく。


「思い出すなぁっ」


 敢えて大きな声で言ってみた。


「今を?」


「そうだよな、()()思い出してる」


「ちゃんと前に進めてるの? お兄ちゃんって弱っちいから」


「進んでるかなぁ。一人にはもう慣れたよ」


美結(みゆ)ね、お兄ちゃんにたまに思い出してもらえるだけでいいんだよ」


「そんな事出来ないよ。俺は美結(みゆ)の事をよく思い出してる」


「知ってる。だから美結(みゆ)、少し困ってるの」


「どうして?」


「だって、私も引きとめられてここから先に進めなくなっちゃってるんだもん」


 振り返った美結(みゆ)が僕の前まで戻って来て、少し頬を膨らませて見上げて来た。


「たまにでいいのに。一年で一回でいいのに。思い出してくれた時にだけ戻って来てお兄ちゃんの側に居るから、だからお兄ちゃん、もう先に進もうよ」


「中学生のくせに生意気な事を言うっ」


「子供扱いするなぁ! 兄貴だってまだ子供のくせにっ……ねぇお兄ちゃん、手ぇ繋ごう」


「うん」


 僕たちはそれから黙ったままゆっくり砂浜を歩いた。僕はなぜか踵の方が砂にめり込んで、それが気になったりしていた。


「私ね、お兄ちゃんが心配なの。だから今決めたっ、ここに残る。もう少し側にいてあげる。ねっいいでしょ」


 心とは裏腹に、僕は首を横に振っていた。


「拒否権はないからねっ。私が決めたの、もう一度生きてみたいって。お兄ちゃんと一緒に」


 海から吹き付ける風が強くなって、波も少しきつくなって来た。背中まで伸びた髪を後ろで留めて、美結(みゆ)は学校へ行く時の髪型に変えた。


「私だって寂しかった。側にいても話せなかったから。でも今話せてる。お兄ちゃん、本当の美結(みゆ)で無いけどいいかな? 美結(みゆ)、生きてみたいの」


 断れないよっ。断ったら生きるなって言うみたいじゃないかっ。


「帰ろう美結(みゆ)。今俺は東京じゃなくてアクエリアって街に住んでるんだ。それと、彼女もいるんだぜっ」


「へぇー、可愛いの?」


「うん。超可愛いっ」


「紹介してねっ、あっ、同棲とかしてる?」


「いや、してないよ。でも美結(みゆ)が俺と一緒に暮らしてたらちょっと、ちょっと、うるさいかなぁ……」


「兄妹なんだもんっ、いいじゃんっ。というか私も早くアクエリアに行ってみたい。あっ、お兄ちゃんって名前変えたんでしょっ。ラヴィアンローズって、厨二病っぽい名前に」


「ぶっ、お前に言われたくないわっ。というか、美結(みゆ)、イーニーは?」


「私は私。心配しないでお兄ちゃん。私はこれからの私を生きるから」


ドドンッ


 太鼓の音がした。見ると九尾の白狐、春天公主(ハルヒメ)がこっちを見つめている。


 美結(みゆ)、いやイーニーだった美結(みゆ)がふっと僕の手を離して春天公主(ハルヒメ)の方へ走って行った。


「早く来いっ、ラヴィアンローズ。戻るぞっ」


 春天公主(ハルヒメ)美結(みゆ)の背後に立って僕に叫んだ。春天公主(ハルヒメ)はイーニーの守護天姫である。僕が側に行くと、彼女は美結(みゆ)の髪を撫でながら言った。


「我は美結(みゆ)を護る。美結(みゆ)もまた我を護る。ラヴィアンローズよ、約束だ。お前の想いを元の世界に戻っても違えるな」


「わかってる」


 わかってる。美結(みゆ)の止まった時間が動き出すんだ。僕の中で止まってしまっていた美結(みゆ)は、たった今歩き出した。


 ──これでいいんだよなっ


 最後に振り返って見た浜辺には、僕の足跡と美結(みゆ)の小さな足跡が残されていた。

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