77 騙し合い。白狐に通じず
「失せろっ、この白ブタ野郎! ミンチにしてブチ殺すぞっ」(僕はラヴィアンローズ、こっちの人です)
……いっ、いっ、嫌ぁぁぁぁ。やっちまったぁぁ。どうするどうする? 焦るな、ダッシュで離脱するか?
「今何か言ったか?」
「ハルのことを白豚って言ったね。白豚をミンチにしてぶちまけるって」
ぶちまけるって言ってないよ。まっまあ、そっちの方がいいけど。
「どうしてくれようか? まずはその減らず口に勾玉でも詰め込んで顔の外から打ち砕いてやろうか」
「そんなことをしたら、話が聞けなくなるよ。いつものように指を一本ずつ折れば?」
いつものように……そんなことが日常茶飯事なの?
「我を白豚ミンチと罵った外道だぞ、裸にして蜜を塗り四肢を縛って森に放置してやろう。生きながらに獣にハラワタを喰われる生き地獄を味わえば、懺悔の言葉を吐くに違いない」
「ねぇハル、だからそんなことをしたらこいつから話が聞けないでしょう。ほらお前、黙ってないで吐けっ、お前は一体何者なのよ?」
冷たい何かを首筋へ背中越しに当てられた。ジンジンと沁みてくる氷のような冷気は肩から侵食して来て胸の奥、心臓を掴みその鼓動を握り潰そうとする。
どっちがこんな事をしてるんだ? 女の子なのか? 多分女の子の方も冒険者じゃない、絶対違う。だとしたらこいつらこのフロアのボスモンスターかも。そうか、そうなんだっ。ヤベェ、俺、ボス引いちゃった!
「まただんまりかっ、ならばどこまで我慢出来るか試してみよう」
予想はしてた。心臓を握って僕を痛めつける。ギューって胸を締め付けられる感覚、心臓があればね。気持ち悪い、みぞおち辺りがモゾモゾする。
「あれれ、ハル、ちゃんとやってるの? こいつ泣き叫ばないよ。ヒィヒィ言わないよっ、変態なの?」
うっせーお前らの方が変態だろっ! 僕の身体をいたぶりやがって。でもね、くすぐったいだけで全然効かないんだけど。なんだかラッキーかも。相手の体が直接僕に繋がってるんだ、これってチャンスだろっ。
僕はゆっくりと振り向いて行く。
感じる、感じちゃうんだなっ。驚きだよなっ、驚愕みたいな感じが伝わって来る。僕の体に突っ込んだその手は離してあげないぞっ。
「ハル、ハル、いけないっ、こいつ違うっ! 離れなきゃっ」
「くっ、抜けぬ。こやつ」
僕は振り向きながら全身を包み込んでいたリサの糸を解いた。僕の姿を黙って見つめるでかいオオカミ……じゃないこれ白狐だ。白狐とメイド服を着た真っ白な可愛いお人形さんが居た。 イーニーって呼ばれていたのはこのお人形さんなのか。そして白狐の方がハル。ハルの尻尾の先が剣のように伸びて、僕の胸に突き刺さっっていた。
そっと胸から突き出たあいつの手じゃなくて、尻尾を両手で握ってみる。伝わるか? 意識を流し込むイメージでコミュニケーションが取れるか試してみよう。あいつを刺激しないようにそっとだ、そっと。
(もしもし、私ラヴィ。あなたは誰? 立派な白狐さん、伝わりますか?)
「何っ、お前、どうして? これ程苦痛を与えてもその余裕。もしや痛みを感じないのか? それとも本当に変態なのか」
な、なんだって? 誰が痛いのが快感の変態だ? 僕のご挨拶がお気に召さないですか?
「イーニー、構わんっ姿を現した。このまま締め上げてしまえっ」
あれっ、やっぱり伝わってないの? もう一回だっ。
(僕は敵ではないよ。その辺の冒険者でもないんだ。こっちの世界の人でラヴィアンローズって名前です。戦うつもりはないんだ、聞こえたら返事をしてくれませんか?)
ボンボンボンボンッ
またもや鬼火、いや陰りを持つ黄色い狐火が僕の周りに出現した。揺らめく炎が僕に影を作りだす、そして影からあの幽体が現れて来た。
なんでだよぉ、ねぇねぇ違うんだって!
(聞こえないのかっ、この白豚っ)
「ほう、やはり我を白豚と呼ぶか。本音が出たなっ、変態のラヴィアンローズとやら」
えっ! ええっ! 聞こえてたの? そうなの? 今の冗談だけど……
「酷いねぇ、やっぱり嘘つきだった。お仕置きしないとっ。ハルの言う通り、イーニー騙される所だったわ」
えぇ〜、そっちで何を話してらしたの? 僕にも教えてくれないと困るんだけど。
ヒューヒューヒューヒューヒューヒュー
気味の悪いあの声が僕の足元からたくさん聞こえて来て、ガツガツと僕の両足を沢山の手が掴んで僕は動きを封じられてしまった。