75 黒死乱舞
やはり2000人オーバーは嘘じゃ無かった。このホールの中央に向かうと、人の密集地帯となって来たから。
うろちょろしてると流れ矢と流れ弾(魔弾)に当たりそうなので、ホールの外周近くに居場所を構えた。出来るだけ人が少ない所、だけどそんな所は直ぐに無くなってしまう。最初の方は周りがみんな敵、みたいな感じだった。だけど今は少し落ち着いて、2〜3人で固まっていきなり出現するモンスターに対処している様子がちらほら見られる。
なるほどな。武器と盾か……身体全体は真っ黒になってしまっているし、会話も成り立たないけれど、そいつしか持っていない特殊な剣やマジックワンドがそのままの姿で見る事が出来るんだ。だからもし友達が一本物のレアな武器とかを装備していたとしたら、誰かが分かるから仲間が集まる事が出来る。
ただしこの人の多さだ。見つけるのは至難の業だと思うけどね。取り敢えず共闘している相手がいつ剣を自分に振って来るのか分からない、そんな緊張感が彼らの微妙な距離感を生んでいた。
この辺りも人が増えた、また移動しないと。僕は反時計回りに走り始めた。
武器でもあればいいんだけど。
だけど地面には何も落ちていない。壁際にはモンスターが結構湧いて来ていて、ドロップした武器とか残っていそうなんだけど、かなり危険だから右手にある壁からは50m程の距離を保ちつつ、人が少ない場所を探して走っていた。
[残り時間はあと5分です。現在の生き残りの人数は1806人です]
突然天井の方からアナウンスが流れた。ここからは中心部の光る柱に表示されている残り人数が見えないけれど、今の時間で約600人近くが死んだみたいだ。
ヒューヒューヒューヒューヒューヒュー
風を切るような音が聞こえて来た。そっと立ち止まって気配を殺して前の方を見ると、僕を追い抜いて行った冒険者の数人の身体から黒い何かが生えてきて、そいつが身体の自由を奪って自らの武器で彼らの息の根を止めやがった。
ヒューヒュー言ってたのは、あの黒い幽体みたいな奴らだった。死んだ冒険者達の身体は直ぐに消えて無くなり、黒い幽体も姿を消した。何も落ちてない、デスドロップは無いらしい。死んだ奴らの装備が残される事も無いのか……
あっ、また僕を追い抜いて行った。
ぐぅわぁぁぁぁぁ
悲鳴が何度も聞こえる。ここからはよく見えないけれど、先の方でも同じ事が起きてるみたいだ。この先には何故かモンスターが居ない、それに冒険者も居ない。というか近づくとあの幽体が冒険者の黒い身体から現れて、全員殺してしまっている。
この場所って身を潜めるには最適かも。だって僕は透明で影が無いんだ。あいつらは影から現れて、死んだ冒険者が消えて無くなると消えてしまってる。つまり影、間違い無いと思う。
走って来る冒険者達はその事に気づいていない。僕は足音を忍ばせて奴らのテリトリーに入って行った。モーションスキルのマスタークラスという、動きに関しては最高の称号を持つ僕だから足音を立てずに、それでいて早足で先に進んでみる。
周りで死んでいく黒い姿の冒険者達と、それに纏わりつく黒い幽体。誰も僕には気づかなかった。成功だっ、ここなら僕は安全を確保出来るっ。
◆◇◆
「春天公主」
「うむ、網をくぐり抜けた奴が一人居るな。気をつけろ、イーニー」
「うん、私のヒュルルルリは見つけていない。どこに居るの?」
「我の結界の中を動いている。左手に居るぞっ、こちらに向かって来ている」
イーニーと白狐・春天公主は寄り添うように立ち、まだ見えぬ誰かに対して身構えた。
◇◆◇
何も居ない。あれほどウロウロしていた黒い人影も、モンスターも。慎重に歩いて進んでいるんだけれど、先に進むにつれて冒険者がやられる境界線から離れたのか、僕一人ポツンと存在しているみたいになっちゃった。
残り時間はあと少しだろう。アナウンスはまだ無いけれど、1500人まで冒険者の数が減らなくて、試練自体が失敗。失敗だから終わりという事で、この塔から解放されたい。それが現状一番良い終わり方だ。
「匂うな」
ドキっとした。本当に声を出しかけたっ。びっくりびっくり、やばいやばい、真横に真っ白な狼みたいなモンスターが居た。でっけー、いきなり現れた。何で? バレてる? いや、まだバレてない。 でも匂うって……あっ、薔薇か?
「本当ね、香水の匂いがするわ」
「消えたか?」
「見えない。殺気は感じないけれど」
「危険だなっ、油断するな、イーニー」
狼の目玉が僕をガン見してるよっ。こりゃばれてる感じだよねっ。う、動いたら負けかな。