71 試練の黒い塔 (挿絵あり)
久々に建物の外に出た。青髭は外に出るとブルードラゴンの姿に戻って空を飛んであの試練の黒い塔まで行くそうだ。俺は、背中に乗るかと聞かれて丁重にお断りした。だってあいつ着地が致命的に下手だと思うんだ。振り落とされて死ぬわっ。
「リサも行くのぉっ、またローズだけ行っちゃうし、留守番は嫌なのっ」
「駄目だよリサは。あれはアンタレスのイベントだし試練の塔って言ったら恐らく死ぬこともある。その辺のユーザー、と言うか冒険者は生き返るだろ、リサはそうじゃない。だからそんな危険なとこには来ちゃ駄目なんだ」
「ローズは大丈夫なの?」
「うん」
「どうして?」
(またリサのどうして攻撃が始まった……)
「どうやら僕はスワンの量子系サーバーから操作されている仮の姿みたいなんだ。だからもしこの姿が壊されても、大元の僕が壊れるわけじゃないし、この姿をもう一回作れば問題無いらしい。でもリサはそうじゃ無かったよね」
「うん、今の私は三度目のリサ。私はもう死にたく無いの」
「だから来ちゃ駄目」
「じゃあローズも行っちゃ駄目っ!」
◇◇◇
ラチがあかないリサをロゼッタに預けて、俺はダミナの町を突っ切って西側の森の付近にそびえる試練の黒い塔まで走って来た。来る途中の町の中はもぬけの殻って言うわけでもなく、イベントに興味無しの人もチラホラ居たけれど、やっぱり人は少ない気がした。
塔に近づくにつれて、その異様なデカさに圧倒される。来る途中、緑に青髭が先に着いている事は聞いていたから、冒険者達の喧嘩が収まっているのは当然だなって思ったわけで。
黙って立っている人々は、グループチャットで話しているんだろう。御構い無しに声を出して話している人達の側に近づいて話を聞いてみた。
「あらららら、その薔薇はネカマのラヴィちゃんさんですか?」
「ネカマはよしてっ。否定はしないけどっ」
「あはははっ、本当なんだ。すげっこの薔薇、本当にリアルだなぁ、いいなあ、俺も背中に入れたいわっ」
「薔薇を?」
「いや薔薇じゃねぇよっ。そんなの入れたら変態じゃん、昇り龍とか虎とかイカツイやつ」
「あ〜あっ、ラヴィさんが怒ったっ。お前がデリカシーも無しに変態とか言うから」
「怒って無いよ怒ってなんかっ。でもタトゥーを入れるジョブとか出来たらスキル上げしようかな。そしたら練習台になってね、太ももに巨象さんを描いてあげるから」
「パォーンッですかっ」
久々にくだらない話を知らない誰かとして、なんだか自分って人だよなって感覚を取り戻した気がする。でもそんな話もすぐに止まってしまった。青髭と塔から姿を現した黒いローブの女の子が言い合いを始めたからだ。
「こんな邪魔な物を勝手に作るなっ」
「試練の時間にはまだ早い、焦るなかれ。その時が来れば扉は開かれる」
「町の治安を守るのが我の役目である。この邪魔な物をどけよっ」
「焦るなっ冒険者達よ。今は心を鎮め来たる試練に立ち向かう為に集中するのだっ」
「ぐぬぬっ、こやつ我を愚弄するかっ? 我はダミナの領主、ジョン・D・アウイナイト辺境伯であるぞっ。そなたのそのような態度は許されるものでは無いっ。塔の主人を呼んで来るのだっ」
「皇帝バッドム様に会えるのは試練を乗り越えた勇者のみ。会いたければ試練を受けよっ」
あっ駄目だ、あれは模範解答しか言わないタイプだっ。あのままじゃ青髭が暴走するわ。止めないとっ。
「待った待った、辺境伯ぅぅ」
「んっ、その声は。来たかラヴィ殿、この女は話が通じないのだ、ラヴィ殿のお力を貸してくれっ。我としても女に手を出すわけには行かぬのでなっ」
いやっ、じゃあ僕なら女に手を出してもいいみたいな言い方じゃん。ほら見ろっ、周りの冒険者達がコソコソ話を始めたじゃないかっ。
「辺境伯、駄目だよ。この女だってお仕事なんだよっ。ここでみんなにお知らせする為に一人で出て来て怖い思いをしてるんだっ。なのにこんなおっかないヒゲオヤジが怒鳴ったら可哀想だよっ。でしょっ?」
「ううむっ、確かに。んっ? ヒゲオヤジとは、わっ、我の事か? まぁ良い。すまぬローブの女よ、そなたも仕事であったか。では聞き直すが、この塔の主人に会うには試練とやらを受けなければならないのであるな?」
「皇帝バッドム様に会えるのは、試練を乗り越えた勇者のみ。何人たりとも試練を避ける事は許されない」
ローブの下に隠れた表情はよく見えない。だけど抑揚の無い声は女の子の声。機械的な返事しか出来ない人の姿をしたプログラム。
「辺境伯、下がりましょう。あなたが試練を受ける必要は無い。仮に受けるなどと言ってしまったら後ろに並ぶ冒険者達がやる気を無くしてしまいますよ」
「そうだそうだぁぁっ、遠慮しろぉぉっ」
「青髭がやったら勝ち目がねえじゃん。反則だろっ」
ガヤガヤ……
「ほらねっ、みんな思ってるけど辺境伯が強すぎて怖いから言えなかったみたいだよ。辺境伯は勇者よりも強いんだから、取り敢えず今回の試練ってみんなに譲ってあげてよ」
「ううむ、納得は出来ぬがラヴィ殿がそう言うのだ。わかった、では我はここで待つ事にしよう。中の様子はラヴィ殿、あなたにお願いする」
ええっ?! 俺が行くのっ? 武器とか持ってねーんだけど。つか、そのヒゲを触りながらニヤリとするのやめろよっ!