68 宣戦布告 3 皇帝の国
「だけどR、いきなり試練の黒い塔を始めるなんて何で言いだすんだっ。それより帰れるんだったら一度ログアウトしないとっ。あっ」
つい直接画面を挟んで話している錯覚に陥ったスワンが画面のバッドムRに話しかけていた。さっき一瞬で眠りに落ちたせいで、まだ感覚が掴めていない。
── 現実ではない仮想世界、そしてその中で眠りに着く。もしもその時夢を見たならば、その夢は果たして夢なのであろうか?
まだ強制的な眠りから覚めたばかりのGMミュラーが、そんな事を考えながらコーヒーサーバーでブラックコーヒーを淹れていた。モニターの画面からはバッドムRの声がまた流れ始めた。
「スワンよぅ、アンタレスの売りって何だ? ……そうだ、そうだよ、味、匂い、食感っていう今まで再現不可能だった感覚の実現だったよなぁ」
突然真面目な話を始めたバッドムR。抱き寄せていたエルフを解放すると、タバコに火を付けた。
「タバコ? 煙が……こんなエフェクト作ったっけ?」
「いやスワン君、喫煙行為は世界の時流から外れていると用意されてなどない。勿論、酒もな」
リザードマンの渋い顔を見せて、ランスロック岩井がホットコーヒーを手に椅子に座り直した。
「アンタレスに美味いものが増えただろう? ネカマのラヴィだけじゃ酒もねぇ、高級な食い物も味もわからねぇ、せいぜいわかってもその辺の芋とか大根とか安物の肉の味しかしねぇ。ところがだっ、俺様が見事にその欠点を無くしてやった。何せ幼少の頃から世界の美味いもんを喰ってきた俺だぜっ、俺の知ってる味、食感、快感、全部アンタレスにフィードバックだ」
スワンの脳裏に不安がよぎる。なぜ当てつけのようにこんな話をRは俺宛に送って来たのか? どうしてラヴィちゃんの名前がここで出てくるのか?
「さてっ、ここが俺様の大浴場だっ。見るかっ? エルフも人間も獣人の女も全部裸、パラダイスだ。もう飽いたけどなっ。まあいいっ」
階段状になった湯船に入りながらRが指をパチンッと鳴らすと、全裸のヒューマンの召使いがお盆に酒らしき物を載せて運んで来た。一糸纏わぬ姿がモニターに映されて、GM達が目のやり場に困る。舌打ちしたのはGMソフィーだった。同じ女性として、出て来る召使いが全て女で欲望のままに扱われているのをさっきから見せられて彼女は腹が立っていた。
「馬鹿じゃないのっコイツ。心配して損したわっ、このまま堕ちとけばいいんじゃない? 好きなように生きてるみたいだし」
「すまないソフィー君、見苦しい物を見せてしまったね。私の知っている達也君はここまで節操が無い男でも無かったと思うんだが」
モニターから視線を外したランスロック岩井がソフィーに断りをいれた。そんな事はお構いなくバッドムRの話は続く。
「はあ〜うめぇ、これなっ山口の銘酒の味よっ。やっぱ風呂には日本酒が合うわ。んっ? 風呂上がりかっ? そりゃ風呂上がりはキンキンに冷えた生ビールだろっ。でだっ」
画面が引いていく。そこにカメラがあるならばバッドムRを映しながら夜空に向かって浮かび上がって行くように。上空から見下ろす皇帝バッドムの作った街、それは街では無かった。広大な光が地上に溢れていく。
「デカいっ! 何、何、街どころか国じゃんこれって」
宇宙から映し出す真っ暗な世界に広がる光の面積は、日本で言えば北海道程もあったのだ。
「どうだ? 俺は仕事してんだよっ。どっかのオママゴトをやってる奴とは次元が違うんだよっ次元がっ」
そこに居るかのように、バッドムRの声が響いた。




