62 優しさの影に映る、知らなくて良い運命
「チーフ、あのエルフに南門の外、城壁に食い込んだ岩がある所で待つように言ってください」
「えっカル、手紙だけ受け取れば」
「スワン、お前……まっいっか。あのな、全部疑えよっ、アンタレスなんだ。情報を抜こうと虎視眈眈と他の会社からも狙われているし、試練の黒い塔を落として来たAIの奴らだって居る。チーフ、そうでしょう? 今だって、ハッキングしようと擬似アンタレスをドンドコ突っついて来てんだし」
今この場所に居ないGMヨシロウとディーノは、アンタレスにログインせずに本部のセキュリティセンターに顔を出している。報告によると、ダミーで用意されている擬似アンタレスというトラップワールドに某国の組織からの不正アクセスが今日も集中的に行われているとの事だった。
── 余談だが、アンタレスの味覚システムの秘密を盗もうとする組織には、タチバナコーポレーションのファイヤーウォールAI『オンサ』が海外の拠点を繋いで、相手には壊滅的な打撃を随時お返ししている。『オンサ』の特徴は、負けた様に見せかけて毒針を刺してくる所にあった。この毒針は相手のAIを狙い撃ちしており、刺されたAIはオンサの支配下に堕ちてしまう。そうやって海外には恐ろしいほどの『オンサ』のネットワークが築かれていた。
◇◆
「返事が遅いっ! いつまで待たせんだよっ。なぁアンナちゃん」
「ここにお二人は、居られないのでしょうか?」
「いや居るって。もしかしたら城に居るかもしれないけど。それか今日は休みとか」
「えぇっ、う〜ん、手紙をお渡ししないと私は帰れないです。ご主人様からお許しを頂けません」
「マジかぁ、アンナちゃんのご主人って怖ぇの? 皇帝とか言ってたよね」
「はい、カイザー・バッ」
「お待たせした。ただ今GMスワンとGMカルの両名はアクエリアの街に居ない。GMカルは街の外から帰って来るので、南門から出て左手の城壁の岩の所で待っていてくれたまえ。スワンは本日は居ない、手紙はカルが一緒に受け取るが構わないか?」
「あっ、はい。その場所でお待ちすれば良いのですね。すぐに参ります」
GMルームからの返事はそれ以降無かった。
◇◇
「ちっ、何だよあの言い方。凄え上から目線だったよな」
アンナを囲んで南門の外を歩く冒険者達。
「アンナちゃん、GMっていつもあんなんなんだよっ。威張ってばっかり。ロゼッタ姫だって結局GMのうさぎが持って行ったし、リサ姫なんかネカマがパートナーになっちまうし」
「ネカマのラヴィちゃんはユーザーじゃなかったっけ?」
「あのさっ、どこのユーザーに顔に薔薇の刺青が入ってんのよ。他に見た事ある? 大体あんなアバターって課金アイテムにも載って無いじゃん」
「まだ課金無いし。じゃあオープンしてから課金が始まったら売りだすんじゃねぇ?」
「そうか、そうやわな。という事はやっぱラヴィちゃんもGMじゃねぇか」
「だよねぇ〜」
ポカポカ陽気が背の低い緑の草原を漂う。左手にずっと続くアクエリアの城壁には緑の蔦が絡み、壁のあちこちから水が流れ出して水飛沫をあげる。どこか牧歌的な風景の中に、湖上のアクエリア。すり鉢状の底を持つ水上に浮かぶ都。
本来ならば、アクエリアの街は時計回りに湖の上を回転しているはずだった。しかし今はもう回ってはいない。街に入る小さな吊り橋をいくつか通り過ぎると、その原因となる異様な光景が彼等の前に姿を現した。
「えぇっ! あれれっ! あれって何? 皆さん、街の壁に岩山が倒れ込んでますよっ」
「えへへへっ着いたよ。凄いだろアンナちゃん。あの"虐殺の巨岩" 。 実はあそこの外側にスポーンゲートがあったんだ。だけど、βテスト初日にあそこに居た人達をあの隕石が押しつぶしてぶっ殺したという、伝説の巨岩。しかもなっ、落としたのがまさかのGMなんだぜっ」
「GMってスワン様やカル様の事を言うんですか?」
「うん、あの馬鹿GMつーか、面白い奴らのせいで初日は阿鼻叫喚だったって言ってた。あの隕石を落としたのもGMの誰か一人の暴走が原因だって書いてたし」
「アンタレス・NETプラスにだよねっ。GM裏話とかいうコラムにあったあの話でしょ。本当か嘘か、信じるのは君達だっ、でお馴染みの」
「酷いですねっ、あんな大きな岩山で皆さんを押し潰してしまうなんてなんて非道な事を。私のご主人様がそれを聞いたらきっとGMを許さないでしょう。もしかしたらご主人様はその事を知っていてお手紙を書いてきたのかも……」
「確かにGMスワンって最初から居たよな。GMカルって人は知らないけど。じゃあ隕石を落としたのはスワンなのか?」
ガヤガヤ話しながら一行は"虐殺の巨岩"の側に辿り着いたのであった。
── "虐殺の巨岩" を落とした犯人の名はGMバッドムR。今の名は皇帝バッドム、アンナのご主人様であった。その事をアンナは知る由も無い……