61 カル少し目覚める!
ビービービービービービービービービービー
「何だっ何だっどこだ? うおっ外だ」
「ミュラー、そっちの入り口でユーザーが騒いでるぞっ」
「わかってる、ちょっと繋いでみるよって、んっ? んっ? んっ? えっ……」
ミュラーが警備システムの画像を拡大して見た。モニターの映像の中に、見た事の無い服を着たエルフが混ざっている。
「チーフ、みんなっ、この服って? いや、このエルフも違うぞっ、ちょっと見てくださいっ。みんなモニタールームの入り口カメラの画像繋いでみてっ」
各々が自分のモニターで映像を確認している。誰かが音声を天井のスピーカーに繋いだ。
「おおーいっ、誰か居ませんかぁぁぁ。GMさーん、ブラックオニキスからお客さんですよーっ!」
「早く出てこーいっ、大事な用事があるんですよー。聞いてるんでしょぅ」
ガヤガヤしながら、黒く異色な服装を着たエルフを取り囲んだ冒険者達が叫んでいた。
「うるせぇなっ、こっちは試練の黒い塔で手一杯なんだよっ。んっ、つか今こいつらブラックオニキスって言わなかったか? 言ったよな」
ブツブツ言いながらドワーフ姿のハルトが、自分のモニターから振り返ってランスロック岩井の方を見た。
「違うっ、いや、もしかして、いややっぱり違うっ」
「おっ何してんだカル?」
モニターの前で立ち上がって画面の中央に映るエルフの女を食い入るように見ているカルにハルトが気がついた。
「違うって? そのエルフの事?」
カルの隣のモニターの前に座るスワンがカルのモニターを見ながら言った。
「僕を殺した真っ黒な女、こいつじゃ無いよっ。ハァハァ、こいつじゃ無かった、ハァー」
ひと息ついたカルがドスンっと椅子に座った。
「カル君、今のはどういう事だい?」
「あぁはい、チーフ。あのっ、あれです、試練の黒い塔がチーフのサーバー・サルガスからダイレクトにアンタレスに現れて、今もこちらではコントロール出来ない状態のままでしょ。そもそもサーバー間のデータの勝手な移動……じゃ無い、こちらの操作以外での命令体系の存在の証拠が目の前にあるってことは」
カルがモニターの半分にアクエリア郊外の試練の黒い塔を映し出した。
「俺を殺して、達也を引きずり込んだAIがこの塔をこっちの世界に送り込んで来た。だからあいつが俺の事を嗅ぎつけてここまで乗り込んで来たんじゃ無いかって思ってしまって」
「なるほどそうか、だがこのエルフは君を殺した相手では無い。それは間違いないか?」
「はいっ、真っ黒じゃないしあんなに普通じゃ無かったです」
「外の冒険者達は試練の黒い塔の名前をまだ知るわけがない。スワン君、まだ公式の発表を行なってはいなかったな」
「はいっ、まだアナウンスはしていません。アクエリアの街の中では、いつもの正体不明のイベントが始まったと騒がれてはいますが」
ランスロック岩井が自身のモニターを操作して、外部入り口の前に居る冒険者達と音声を繋いだ。
◇◆◇◆◇
音声を変えたランスロック岩井の声が流れる。呼びかけに応えたのはやはり、見たことの無い光沢のある服を着たエルフの娘だった。
「あのっ、そちらにスワン様とカル様はいらっしゃいますか? 私はお手紙をお届けに参りました」
「誰からの手紙ですか?」
「良かった、あのあなたはスワン様? それともカル様? 私はアンナと申します。申し遅れましたが、我が主人、皇帝バッドム様よりお手紙をお届けに参りました」
「暫し待たれよ。私はどちらでも無い」
こちらからの音声を遮断して、ランスロック岩井が皆の方を見て笑った。
「達也君が生きていたっ! はははははっ達也君がやってくれた。スワン君、カル君、彼女は達也君からの使者だよ。手紙を運んで来たそうだ」
カルが腰のポーチから刃物の鞭を取り出して、その次に手袋を装着しはじめた。GMの戦闘訓練は今や必修科目となり、カルもあの一件から嫌がらずに参加するようになっていた。
「スワン、バインドはお前に任せる。ヘイストの上にインブレスを掛けとくから、もしアクエリアの堀に落ちても息は出来るようにしとく」
「まるで白兵戦が街の中で始まるような感じだな、カル。相手はエルフの女の子一人だぞっ」
「油断はしない。スワン、相手はAIだっ。達也が無事かどうかなんてまだわからないっ」
「しかし彼女は達也君からの手紙を持ってきたと……」
「チーフ。チーフ、俺だって達也だって信じたい、でも、おかしいんです。だって達也はサーバーを繋いだりするスキルなんて持っていないんだっ。本当の達也には出来ない事ばかりなんですよっ!」
ガチャッ
「スワン、俺が会ってくる。別口から出て背後にまわってくれ」
カルが百足のようにウネウネと動く剣を強く握ると、カシャカシャと金属音が鳴り響き一振りの剣と変化していった。
「落とし前は俺がつけますっ」
戦いに挑むべく顔をあげたカルの余りの勢いに、ランスロック岩井も声を失っていた。