42 ダミナ領主の馬鹿ドラゴン
ダミナの町の中心部のから少し北側の広い通りの真ん中に、ロゼッタとラヴィ、そしてモフモフうさぎが残された。先程まで取り囲んでいた冒険者達は、急に道の端に寄って鳴き声のした方に注目している。
「なんか嫌〜な鳴き声が聞こえたな。あー思い出すわ、ドラゴンに喰われるあの恐怖……」
モフモフうさぎがジャンプして、北側に向かう通りへの分岐点に立った。
「そっち?」
「うん、ラヴィちゃん下がって。ロゼッタも」
「嫌よ」
「そうか了解」
「じゃあ僕も」
3人で見ている道の先は左にカーブしていて、おそらくもうすぐ鳴き声の主が見えるところ。
「あれっ? 来ないなぁ」
「ラヴィちゃんこっちこっち、早く早く避けて」
声がしたのは、西に伸びる通りの店先から。ラヴィがその声に気がつきそっちを見ると、見覚えのあるギルドエンブレムが人々の中に見えた。
「えっ、何? あッ、そのギルドマークはテンペスタの……ルクさんっ」
モフモフうさぎと同じダークエルフのルクは、ギルドマスターをイザヤが務めるギルド・テンペスタの魔法剣士である。
アクエリアナンバーワンの金満ギルドの魔剣士装備は、モフモフうさぎのブラックアーマーに引けを取らないレアな物であった。
「早くっ皆さんっ! バカドラゴン領主が来ますっ。こっちで避けて」
その声をモフモフうさぎも聞いて、おもむろにロゼッタの手を握るとルクの方へ走った。
(何が来るんだろ? バカドラゴン領主って何かな)
ラヴィが北側の通りを見ながらモフモフうさぎに続く。そしてルクが待つ店先の冒険者達が沸いた。至近距離にロゼッタ姫が居る、同じ空間、同じ空気、場違いなドレス姿も寧ろロゼッタらしくて美しい。
十字に伸びる通りから人影が消えた。道の脇に立って皆、小声で何か喋りながら待っている。
グフッ
大きな鼻息が聞こえた。一瞬しんと静まり返った通りにドンドンドンドンドンドンっと、重い足音が響き出して奴が北側のカーブを曲がれずに建物に突っ込んだ。
「まじっ! あれドラゴンじゃん。なんじゃあれっ」
「しっ、静かにっ! モフモフさん、声がでかい。お願い静かにしてくださいっ」
「いや、しかし破壊王だろ、あいつ」
小声に変えたモフモフうさぎに、『破壊王はお前だぁっ!』と、ツッコミを入れそうになったラヴィが、メインロードと自分の立ち位置を確認していた。
(翼を折りたたんだブルードラゴン。領主ってルクは言うけど、あっこっち向いた。来るか、来るか……)
ドンドンドンドンドンッ
跳ねるように走り、時折翼を広げようとして建物が破壊されていく。
(頭悪いのか? あのドラゴン)
「そこで止まりますよ。たぶんお目当てはラヴィさん達だと思いますから」
ルクがそう言っている間にも、ブルードラゴンは地面を走って近づいて来ていた。
ブァサッ、ブァサッ、ブァァァァンッ
東西に道が交わる開けた場所まで来て、翼を広げてブレーキをかけたブルードラゴンが、静かに翼を折りたたんだ。
ブルル・・グフッ
(我はダミナ領主青髭である。お客人はどこにいる?)
強烈な威力の念話が放たれた。この場所に居る全員の思考に直接話し掛けて来ている。
青髭にギロリと睨まれた向こう側の冒険者が、ビビりながらラヴィ達を指さした。
(お客人は姫と聞いたが、おおっ、そちらに居られたか)
首をグイッと右に曲げて、ロゼッタを見つけた青髭は、ブルルと鼻息を吐きながら身体の向きを変えた。
(よくぞ参られた。アクエリアの姫よ。ついてこられよ、我が館にて歓迎致そう)
ひらりとドレスの裾を揺らして通りに姿を現したロゼッタが、プリンセスドレスのフリルのスカートを両手で摘んで会釈をした。
「我が名はロゼッタ。アラネア公爵家の娘です。ダミナ領主御自らお出迎え、とても感謝致しますわ」
(構わん、構わん、外に出て町を見て歩くのは日課である。そのおかげで我がダミナの治安は守られるのであるからな。ロゼッタ・アラネア殿)
「アラネア・ロゼッタよ。ロゼッタ・アラネアでは無いの」
(そうであるか? では姫のお名前はアラネア・ロゼッタ殿とお呼びすればよろしいか?)
「ロゼッタで良いわ。領主青髭様」
(うむ、家名と名が逆であるが気にはしまい……アクエリアでは皆がそうであるのか? 我がダミナの皆は逆の呼び名ばかりであるが)
「いいえ、青髭様。アラネア・ロゼッタ。名前と家名をこう名乗るのは、私がそうしたいから。普通の人達はそうではないわ。それに家名すら無いし」
(そうであるな、ギラギラと頭の上にギルドのエンブレムを載せて歩けば家名など必要もなかろう)
窮屈そうに回れ右をして向きを変えた領主青髭は、左右の通りの空間に伸びをするかのように青い翼を広げてから、思念を飛ばした。
(町の者の疑念を我はしかと受け止めておる。我に任せよ、お主達はいつものように暮らせば良い。町の治安を乱すことの無いように)
ブルル
大きな鼻息を吐いて、領主青髭がゆっくりと歩き始めた。
(お付きの者も一緒に来られよ。1人は龍の加護を得ておるのだな、流石はロゼッタ殿の護衛である。もう1人はぐうぉおあぉ)
ラヴィに意識を向けた瞬間、青髭が力の奔流に巻き込まれた。ラヴィの薔薇のタトゥーだけが目に焼き付いて、それからは身体全体に打ち寄せる力の圧力に四肢を踏ん張るしかなかった。
── 正確に言えば、ラヴィアンローズというワールドとのリンクが、領主青髭を司るAIに一気に組み込まれて行く事を、力が押し寄せて来ていると理解した青髭のAIの反応なのである。そしてラヴィのワールドとリンクするという事は、ラヴィの思想、感覚に染まるという変化でもあった。
それがどのような変化を青髭にもたらしたのか? 青髭から放たれた思念の叫び声は冒険者達の頭の中で、割れんばかりに響いて皆耳を塞いで顔をしかめている。
「ふう……まさか私がこのような姿になるとはな」
凛とした声が聞こえた。思念で伝わる声と同じ声、ただし今度は耳から聞こえる。
ブルードラゴンの姿が消えて、そこに1人長身の男が立っていた。ラヴィからは背中しか見えない、腰まで伸びた水色の髪が青い鎧に溶け込んでいる。
(水も滴るいい男。水色だけに……)
半分自分の力のせいだと自覚しているラヴィがつまらないダジャレを思いついている間に、人の姿をした青髭は片手を顔に当てて考え込み、そして振り返った。
「姫よ、私がエスコートしよう。さあ、我らの館へいざ行かん」
「手は足りているわ」
そう言って、モフモフうさぎの手を握ったロゼッタ。
鋭い眼光をモフモフうさぎに向けた青髭が、『フッ』とニヒルな笑いを浮かべて身を翻した。
「怖いねー、モフモフさん。ブルドラが恋敵だなんてさっ」
「あれ、ラヴィちゃんのせいだろっ」
ラヴィが青髭の後を追った。
「僕はラヴィアンローズ。青髭様、待ってくださいっ、もう1人居るから。姫が」
「もう1人姫が?」
「あっ、しまった」
言うんじゃなかったと思ったラヴィであった。