38 イーニー変幻、少し大人でハル耳ピョコン(挿絵有り)
「お姉ちゃん」
奏音の声は小さくて震えていた。その声を聞いて真凛はイーニーと春天公主を気にしながらも、背後に立つ奏音の方へと振り返った。
「ああ奏音、あなた」
狐火が照らす中、2人で1人だった姉妹は抱きしめ合って人目もはばからず涙を流した。
◇◇◇
フワフワと狐火が奏音の周りに浮かぶ。
「夜になったのかと思ったわ」
「奏音もそう思ったの。春天公主さまの狐火が照らす場所の外は、とても薄暗くなってしまったから」
狐火が奏音を照らすと元の姿になれた、その事を知ると奏音は白狐・春天公主をハルさまと呼びだした。
バッドムRの闇に身体を蝕まれてから姉の影の中で生き延びてきた奏音にとって、姿を取り戻してくれた白狐・春天公主は、敬うべき存在となっていた。
「真凛、ねえ奏音も聞いて。あのね、あたしお腹が空いたの。何か食べるもの持ってない? ハルもお腹がペコペコなんだ」
「えっ、ハルさまのお腹がペコペコなの? 奏音何か探してきますっ」
「待って奏音、確かこのポシェットの中に残っているはずよ」
「ハルもだけど、イーニーお腹空いたの。奏音、お金なら少しあるから……」
「そこのレストランのテーブルで食べましょう。誰も居ないし、見晴らしも良いわ。イーニーちゃん、心配しなくてもみんなの分ぐらいあるわよ」
4叉路の1本、上に登る道は隣接するレストランのオープンテラスに繋がっていた。
濃い緑色のテーブルクロスが張られた丸テーブルが、2列で4セット並んでいる。店員が居ないので、適当に海が見える席に3人は座った。
「まだここには人が来ていない……」
レストランの方を見ながらイーニーが呟く。
「イーニー、その姿はどうしたの? それに……今は食べましょうか。色々お話しするのはその後で」
「ありがとう。ハルもお礼を言ってる」
「イーニー。それってハルさまの耳なんでしょう? ねえねえ、その真っ白なケモミミ動く? ハルさまに奏音の声って聞こえてるの?」
ピクッ
「ふぁっ、耳がこっち向いたっ。可愛い」
「はい、これをどうぞっ。マルソー山で手に入れた食べ物」
「わあっ、ありがとう真凛」
手渡されたピクシーマークの携帯糧食は、黄色いビニールで包装されていた。初めて手にしたイーニーがそのまま固まってしまったのを真凛と奏音がジッと見つめている。
「どうしたの? これ嫌い?」
「どうしてイーニーとハルさまは合体したの?」
「えっ、どうやって食べるのかわからない」
助けを求めて携帯糧食の包みを突き出すイーニー、今の彼女は背が伸びて、少し大人に見えた。そしてなぜか春天公主の耳だけが頭についている。
「私が開けてあげる。でねっ、なんでイーニーとハルさまは合体したの?」
そういう質問をしている奏音も、実は真凛から伸びた影と繋がっているのだが。
「ご飯を食べる時は一緒になるの。そうしたらご飯が1回で済むし、節約、節約」
「そうなんだ、イーニーが食べたらハルさまも食べた事になるんだ。知らなかった」
「奏音は私と一緒にいるけれど、パクパク良く食べるわよね」
「ぶー」
ビリビリと黄色いビニールの上の方を破ってイーニーに渡すと、イーニーは大きな目を見開いて中身を確認した。
「良い匂い……ハル、あたし我慢出来ない。2日ぶりのご飯」
上品に携帯糧食を口に運んだイーニーは、天を見上げて言葉を失ってしまった。
「あはははは」
「もしかして、美味しいんだっ。ねぇそうでしょイーニー」
コクコク頷きながら食べるイーニーは、奏音が手にした茶色い包装の携帯糧食が気になって仕方がなかった。