35 第1級指名手配犯のロゼッタ
── サクラアクエリア船内
緊張感のない寛いだ様子のラヴィ達が居た。リサとラヴィが仲良く映画を見ている船首の内側は、図書館のように書棚が放射状に並んでいる部屋だった。
「前のエリスロギアノス号は戦艦風だったのに、今度は家みたいだな。なあロゼッタ、俺も何か手伝おうか?」
「耐衝撃性に優れた空間緩衝システムを船の表面に張り巡らしたの。はっきり言って無敵よ、全ての攻撃が当たらないんだから」
「例えば俺の攻撃も当たんないわけか?」
「空間位相を操る能力持ちなら、当てる事が出来るわ」
「それってどんな奴?」
「次元を超える存在ね、私とか私とか私とか……」
真面目に答えているのかいないのか。ロゼッタはモフモフうさぎを置いて、キッチンルームに行ってしまった。
(結局バッドムRの痕跡を辿って行く為に、わざわざノーガンミール地方へ行くってなっちまった。スワン達の見立てじゃ、あっちのどこかがランスロックさんのサーバー、えとっ何だっけな……ジュバっと斬られたスワンのサーバーが『ジュバ』、猿が滑ったランスロック。サルガスベッタ、そうだサルガス)
モフモフうさぎが聞いているのは、ランスロック岩井のサーバー『サルガス』と、エメラルドサーバーである『アンタレス』が、どうやらノーガンミール地方のどこかで繋がってしまっているという事だった。
アンタレスの世界に酒が存在するようになったのは、それが原因と考えられると。
もうすぐノーガンミールエリアに入る不沈戦艦サクラアクエリア。
空を飛ぶ不可視状態の潜水艦は、船内中央の位相魔方陣と船外の8つの推進用魔方陣を回転させながら、時速100Km以上で進んでいた。
◇
「スワン、本当か?」
「そっちこそ間違いないな、モフモフ。ロゼッタはそこに居るんだな」
午後3時のひとときを楽しもうと、ロゼッタが紅茶とケーキを運んで来た。その姿をモニター越しに見たスワンが、ロゼッタに声を掛けた。
「なあに? お父様」
「ロゼッタ、君はサクラアクエリア号から1歩も外へは出ていないんだね」
「いつからの事を言っているの? 私はこの船を作った昨日から、ずっとここに居ます」
「それ以前はどこに居たのか教えてくれないか?」
スワンの隣にリザードマンの姿のランスロック岩井が姿を現した。ロゼッタが居るのを確認するように見て頷きスワンの後ろに座った。
「お城に昼間は居て、夜は館に戻りました。何かあったの?」
ロゼッタは岩井がスワンの上司である事を知っている。そもそもスワンが父親という設定だという事もわかっている。
「お前が指名手配されたらしいぜ」
モフモフうさぎがロゼッタの方に振り返って言った。
「どういう事? モフモフさん」
「お姉様が指名手配って、どうしてなの?」
やり取りを聞いていたラヴィとリサが近づいて来た。リサはロゼッタの左手に手を回してぴったりとくっつく。
「お父様とトカゲのおじさま、指名手配って何? リサも指名手配されたの?」
「あっ、いや心配無いよ。ただ変な事になってしまってね。ノーガンミール地方で活動中の冒険者達から、『ロゼッタに襲われた』と報告があったらしい。しかも被害者が多数居る上に、ロゼッタからやられたと口を揃えて報告して来るもんだから、公文書館が第1級殺人指名手配犯として報酬付きのクエストを発行してしまったんだ」
「んなアホな」
「ああ、この指名手配は取り下げさせておくよ。ただね、恐らくノーガンミールエリアにもう1人のロゼッタが居る、それからリサも。ノーガンミールで殺された冒険者の中に、黒い触手のような物で首を斬られて死んだ人々が居るんだ。それがここに居るカルと同じ殺られ方で、その事から考えると殺ったのは奏音、つまりもう1人のリサじゃないかと」
「もう1人の私?」
「リサは奏音、ロゼッタは真凛、名前は違うけれど僕のクエストから産まれた2人で、バッドムRが行方不明になった件と関係があると睨んでいる2人なんだ」
「どういう事?」
不安そうに聞いてきたリサに、首を横に振ってから、モフモフうさぎとモニター越しのスワンをラヴィは見た。
「ラヴィちゃんと同じ世界を僕達はもう1つ作ったんだ。バッドムRはそっちで僕のクエストに挑戦した。そしてそのまま行方不明になってしまった」
バッドムRの人間としての本体が1度死んだ事は伏せたまま、スワンが事件の顛末をかいつまんで説明していった。
(僕みたいになってしまったんだ……)
眉をひそめるラヴィ。そしてその姿を黙って見つめるリサが居た。