32 なぜノーガンミールに行くの
フワフワの座席のクッションは濃いグリーンで、何故か電車の座席を思わせる。
向かい合うように真ん中の短い通路を挟んで座る旅客馬車なので、馬車が走り出すとすぐに、リサに興味がある冒険者が話しかけてきた。
「リサ姫ですよねっ、アクエリア城の」
おしとやかに頷くリサ。両隣をラヴィとモフモフうさぎに挟まれてガードされてはいるが、正面からはリサが丸見えだった。
「リサ姫はどこへ行かれるんですか?」
リサは首を横に振って、確認するように向かい合う席に座る冒険者達を見た。
(ローズ、旅に出るのは秘密でしょう?)
(うん、馬車に乗ってみたかったでいいんじゃないかな。南門で降りたら姿を消そう、やっぱりリサは目立つよ)
(わかった)
「街に馬車が走るようになって、私も馬車に乗りたくて出掛けて来ました。あなた達はどちらへ向かわれるの?」
「ノーガンミール地方です」
「ノーガンミール地方? 最近噂の南方のエリアね」
「なんか凄い所らしいんですよ、崖から飛んでもゆっくり落ちて行ったり、空気が美味いって言うか、空気が食べられるみたいな。酒もあそこで発見されたんだし」
「えっ、そうなの?」
つい口を挟んでしまうラヴィ。
「GMのラヴィさんだよね、薔薇があるし。ちょっと、噂通りまじ可愛いじゃん。隣はGMのモフモフうさぎさんでしょ。相変わらず凄え格好」
リサと話していた冒険者が打ち解けたように話しかけてきた。すると周りの冒険者達も話に加わって来る。
「空気が切り取れるみたいな事を聞きましたぁ。味付きの空気、それがお酒みたいになって、持って帰って来たらいきなり町のお水がお酒に変わってしまったって」
「街の水がお酒に?」
「いや全部じゃないです。なんかぁ、リアルが酒好きな人っているじゃん。アクエリアに帰って来てさ、喉が渇いた、こんな時にキューって生ビールを飲んだら最高なんだけどなって水筒にビール味の空気を混ぜた水を飲んだら……それがまじビールに変わっていたって」
(そうだったのか、でもシャレードの酒ってどこから仕入れたんだろう? んっ、その空気が無いとお酒にならないって事なのか?)
「じゃあさ、街の酒場で飲めるお酒ってノーガンミールの空気を持って来たって事なのかな?」
「ちゃうちゃう、そのビールの人が街の食べ物屋にその水筒を持って行って樽の中に普通の水に水筒のビールを混ぜてみたら、その水が全部ビールになって、そのビールを他の水に混ぜるとそれもビールになってしまってという話」
「他の種類のお酒もあったみたいだけど」
ラヴィがシャレードの様子を思い出して言うと、前方に座っていた冒険者が声をあげた。
「酒の味のする空気って軽いゼリーみたいなやつだから、結構街に持って帰って来てる奴がいますよっ。なかなか良い味のウイスキー味の空気とか見つけたって言って、街で売り込んで行ってあっという間に広がって行った感じ」
(へえー、本当かなぁ)
腕組みをして話を聞くラヴィ。空を飛ぶモンスターの話や、まるで崖からゆっくり落ちるなどという重力感の違う世界の話を聞き流しながら、馬車に揺られている。
リサを挟んで向こう側のモフモフうさぎは、装着しているブラックナイトについて、色々聞かれている様子だった。