26 ミュラー、禁句発言
「ちょっと待ってくれませんか? 岩井チーフ、ラヴィさん」
「なんだね」
ランスロック岩井がモニタールームの入り口の方を向いて言った。ミュラーが椅子から立ち上がって近づいて来ている。マイクを通していない声は、少し聴きづらく彼が何を言っているのかはっきりわからない。
「どうしたんだ、ミュラー君」
「ラヴィちゃん、ラヴィさん」
そこまで言って少し眉を上げて笑顔を見せたミュラーが、ラヴィと岩井、スワンの前まで来て立ち止まり、ラヴィを見つめた。
「なぁに? ミュラー」
「ラヴィさんはユニークキャラでは無いですよね。AIでも無い、本当は人なんでしょう?」
女の子の姿のラヴィからミュラーに見せている笑顔がふっと消えた。返事の無いラヴィの周りに、いつの間にか他のGM達も集まって来ていた。
「βテストが始まって直ぐに、僕達は霧の谷ストレイから帰って来ないユーザー探しに駆り出された。スワンから呼ばれたんだ」
ラヴィが女の子の姿から元に戻った。そして溜め息をつくと、スワンを見てからおもむろに話し始めた。
《スワン、もう話すよ》
「僕は元、人間だった。そうだよミュラー、みんなを騙せてるとは思えなかった。どうしてこうなったのかなんて説明しようが無い、いつからバレてた?」
「おいおい、いまさらかよっ。さすがにおかしいと思うぜ、だって普通のユーザーだったモフモフうさぎと最初から仲が良すぎじゃねぇか。※クローズの初日のあんたのログイン履歴も調べたらちゃんと残っているし、ログアウトした記録も残っている。ラヴィアンローズっていうキャラが途中からAI搭載のユニークキャラに作り変えられたって考えてもみたが、あんたと話をした全員の意見だ。あんたは人だ、あの時にこの世界に堕ちたユーザーなんだ」
ハルトが強い口調で言い放った。
「ごめんスプーン」
「スプ……はあ? 何言ってんだ、心配してんだぞラヴィアンローズ。行方不明になってからまだ1度もログアウトしていないじゃないか。スワンが黙り決めて挙句にカルとバッドムRがあんなんじゃ元に戻れないだろう。なあ、あんたの体はまだ生きてんのか? スワンどうなんだ? お前調べたんだろっ」
「ハルト、ありがとう。みんなも心配してくれてありがとう。だけどひとつだけ違う事があるんだ。みんなが勘違いしている事」
スワンが答える前にラヴィが話し出した。
「僕はコピーなんだ。元人間だった僕の脳が完全コピーされた存在。こんな時がいつか来るって考えていた、だから僕の事をどう説明すればいいのか考えた事を言うよ」
「コピーって何よ。死んじゃったの? ラヴィちゃんの元の人は」
ソフィーが悲しい表情で首を横に振った。
「いや、生きてるよ。ピンピンしてる……と思うけど。ねっスワン」
「うん、それは間違いなく生きてます」
「どういう事ですか? コピーって。堕ちたんじゃなくてコピー? どうやって、誰が……スワンがやったの?」
「わかった、私が説明しよう。ピクシー君、今我々が直面している問題、それは達也くんを元に戻す事だ。それはわかるね?」
「はい」
「量子系記憶媒体をアンタレスに繋いで起きた事件、それがラヴィアンローズ君という存在を作り出した事なんだ。そしてどうやってという所が解明されていない」
皆が頷く。ランスロック岩井はモニターに映った食堂の様子を見返して、料理を食べているユーザーを指差した。
「ラヴィ君、味を変えてみてくれ。この人が食べている肉の味をチョコレートに」
ランスロック岩井の意図はわからないが、ラヴィは画面を見ながらチョコの味を思い浮かべた。
「くふふふふ、そりゃやべえなっ」
ハルトが笑いながら言った。画面に映っていたユーザーが、正面に座っていたエルフの女性の顔に盛大に肉を吹き出した。そのユーザーが慌ててジョッキに入った何かを飲んで、更に勢いよく女性エルフにぶちまけた所で画面が閉じられた。
「いいの 、あのままで?」
「飲み物は何味にしたんだ? ラヴィちゃん」
「超酸っぱいレモン味。盛大に吹いたねぇあの人」
「なんでそんな事が出来るの?」
「謎。ソフィー、よくわからないんだ。だけど僕の味覚が反映されちゃう。そして」
ラヴィが岩井を見て言った。
「お酒を僕は知らない、なのにアンタレスにお酒が急に出て来た。岩井さん、バッドムRも僕みたいになったんじゃ」
「なんとかしないとまずい。彼の肉体は1度死んだ、君の場合とは違うみたいなんだ。同じ条件を目指して彼はクエストに突入して消えた。ラヴィ君の場合はユニークキャラのリサが引き込んだようだ、達也君も同じくリサじゃなくて、えっと……」
「奏音です」
今まで黙っていたカルが口を開いた。
※クローズ
クローズドβテストの略