18 酒場にまつわるあれやこれ
カランッ
乾いた鐘の音がして、酒場シャレードのドアが開いた。
そっと覗き込む男はラヴィが変装した姿、なぜかニッカボッカを履いて腹巻をして白いシャツに首からお守りを紐で吊り下げた、にこやかなおじさんがそこに居た。
「オネェちゃん、開いてるぅ?」
巻き舌でとろりと話すその声も、いつものラヴィとは違って、声に張りがあって大きい。
「いらっしゃい、お好きな席にどうぞ。おひとりさまならカウンター席にどうぞっ」
「おうっ、ありがと」
さしずめ居酒屋兼、お食事処と言った感じの中規模の店に、昼間から多くの人が集まっている。
その中でも特に目立つラヴィの姿。本人の飲み屋のイメージは地元のおじちゃん達が仕事終わりに立ち寄る飲み屋だったのだが、恐らくそれは何かの間違いであったようだ。
(普通にしてりゃよかった。これじゃ変な◯じさんにしか見えないじゃないか。もう、これで行くけどさっ)
「姉ちゃん、姉ちゃん、ここ酒あるん?」
「ありますよっ、ビールにしますか? それとも焼酎? 日本酒? ワイン? 水割り? テキーラとかもあるけどカクテルは夜だけだから」
カウンターの中で相手をしてくれるお姉ちゃんの頭の上には、ネームが表示されている。
この人は一般ユーザーで多分アルバイトをここでしているんだろう。
「ねえ、あっいや、姉ちゃん、酒ってどこから仕入れるんだ? 急に街に出てきただろ」
「ちょっと待ってね、向こうのお客さんに持って行くから」
彼女が向かった先には、冒険者3人が座るテーブルで空のビールのジョッキが並んでいるのが見えた。
ラヴィの両隣に人が座って来た。
モジモジしてカウンターの中を見ているが、相手をしてくれる店の人が居ないので何も言えずにいる。その様子をジト目で見ていると……
「なんか用? 変なおじさ◯」
その言葉に即反応するラヴィ。そう言えば彼はネーム表示をしていないし、ギルドに入っているわけでもないから、良く考えれば店に用意されたNPCだと思われてもおかしくないわけである。
「あんだってぇ! 誰がヘンなおじ◯んだってぇ、はいっあたしが◯なおじさんです、◯ぃーン」
「あはははははははっ、超面白えっ。おじさん店の人?」
「いんや客だよっ兄ちゃん」
「俺も絶対店の人だと思ったよっ」
左側に座ったヒューマン女(声は男)からも声がかかった。
「いやいやいやっ、兄ちゃんも姉ちゃんの格好してるから、姉ちゃんかと思ったよ。まあ仲良くしよかっ」
両隣の2人の肩をバンバン叩いて、ラヴィおじさんは酔ってもいないのにもうニヤニヤしている。
「お客さーん、お待たせっ。あっいらっしゃいませ。皆さんご注文は? お料理は肉しかないけど」
「じゃ俺はビールで、サイコロステーキ、ステーキソースはニンニクオニオンで」
「俺もとりまビールで」
(ニンニク? オニオン? はいっ? いつからそんなリアルな名前の食材が出回ってるんだ? 僕はこれがニンニクだとか、玉ねぎだとか思った事は無いんだけど。どうなってんだろう)
「おじさんっ、何飲むのかな?」
優しく声をかけてくれたお姉ちゃん。
「んじゃ、わしもビールちょうだいっ。ツマミは枝豆で」
「枝豆なんてないよぅ。ステーキでいい?」
「うんうん、お姉ちゃんにおまかせするわ。ソースはこっちの兄ちゃんと一緒ので」
「あっやっぱ俺も一緒のを頼むわ」
「はぁいっ、3人とも同じねっ」
向こうに行きながら返事をするお姉ちゃん。
「いい姉ちゃんだねぇ」
「ほんとっすねぇ」
「俺もここでバイトしようかな?」
「姿は女の子だけど、話したらその男の声。違う店の方がいいんじゃないかい? 二丁目とか」
「どこだよっ!」
「おっちゃん、中は本物の人? それともこっち(アンタレスのNPC)の人かい?」
右側に座っている兄さん(ヒューマン僧侶)が言ってきた。
「どっちに見える?」
「こっちだろっ、そんなおっさん顔選べねぇし」
すかさず姉ちゃん姿の兄さんが突っ込みを入れてくる。
「実はな……わしのこの姿は仮の姿でな、本当のわしは」
「変なおじ◯ん」
「アイッ、アタシが変なお◯さんです。ア◯ーンッ」
ギャハハハハ
まだ一滴も呑んでいないのに、カウンターに座る3人は酔ったかのように大声で笑っている。漂う酒の香りは現実とは違い、それだけで効果が生まれる事をこの時ラヴィはまだ知らなかった。
薔薇の花が咲いていないラヴィからは、薔薇の香りはしていない。むしろ角刈りのガテン系の太り気味のおじさん姿からは、屈託の無い笑顔が溢れて、知らず知らずの間に周りに人が集まって来ていたのだった。