14 振り切れた脳波の謎
ランスロック岩井と、スワン(白鳥)がアンタレスのゲームの世界から帰って来た。
赤い警告灯が天井、壁、通路を埋めて、サイレンまで鳴らされている状態。
「どうしたっ! おいっ君、何が起きたんだ? 火事か」
「あっ、副社長、帰って来られましたか。大変なんですっ、達也さんが、あの、社長の息子さんの立花達也さんが」
「わかってる、だから何が起きたんだ?」
「心肺停止しました」
「ええっ?!」
ランスロック岩井のVR装置からは少し離れた場所に白衣を着た保健部員が集まっているのが見えた。
「岩井さん、達也って今言ってた」
「そうらしい、彼もアンタレスにログインしていたのか」
そう言いながら人だかりの方へ近づいて行くランスロック岩井。スワンの表情は少し強張っていた。
救命用の移動ベッドに寝かされた達也にAED(自動体外式除細動器)が使用されている。
「戻ったかっ」
「心臓は動き出した。自発呼吸も回復。意識は戻っていない。いつからこの状態だったの? この機械に記録は残ってないの?」
ランスロック岩井の大きな声に、振り向いた女医が眉間に皺を寄せて早口で言った。
「すまない、大きい声を出して。安武先生、達也君は大丈夫ですか?」
「呼吸が止まってからどれくらい時間が経っていたのか知りたいの。岩井さん、どうなの?」
2人の会話を聞いていたスワンが、VR装置の頭の部分の横に付いているタッチモニターに触れて、ログイン時間と脳波の入出力の波形の項目を表示させていた。
「岩井さん、現時点から7分4秒前に波形がフラットになってます。それに……その直前は物凄い波形になっていて変です。見てください」
スワンの方へ行きかけた岩井に声がかかった。
「岩井さん、私達が救命措置を始めたのが5分前からよ」
「つまり?」
「意識の回復の保証は出来ないわ」
安武女医が保健部員に指示を出してから、スワンと岩井の側に来てモニターを覗き込んだ。
「振り切れてる。こんな事はいつもあるの? こんなに脳波の波形がグラフの上限にひっつくみたいになるなんて……ねえ、私はゲームをやらないけれど、これって物凄い負荷が脳にかかっていたはずよ」
安武女医の声に押し黙ったままの岩井とスワン。達也に何が起きたのか、偶然にもその答えに近い場所に2人はさっきまで居た。
「この件は私が引き継ぎます。何かわかり次第そちらにも連絡を入れますので、達也君をお願いします」
「わかったわ。社長には……」
「僕から連絡します」
「わかりました」
慌ただしく白衣の集団がVR装置の並ぶ部屋から出て行った。
「湯沢さんに聞いてみましょう」
「そうだな、湯沢君っ」
岩井の大声に反応して隣の部屋のモニタールームの扉が開いた。
「副社長っ!」
「あっいい、そっちに行く」
「岩井さん、僕はこのVR装置を誰も触らないようにしておきます。おそらく達也はゲームの中に堕ちてる。これに繋がないと達也は戻って来れない」
「頼む」
(スワン君の言う通りだ。いや、どういう事なんだ。さっきの振り切った脳波、逆アクセス、逆アクセス、まさか、逆アクセス、コピー、まさか)
モニタールームで岩井がチーフ研究員の湯沢から知らされたのは、その不安を肯定する事実であった。
── 立花達也(バッドムR)は、ランスロック岩井の用意した新しい量子系記憶媒体(クエスト用サーバー)の中にダイブしていたのだ。
「軽井沢君、君も入ったんだね。でも君は帰って来れている。詳しく話しなさい」
顔色が青い軽井沢に、落ち着いた声をかけた岩井はホワイトボードの前に立ち、書き込みを始めた。
「まずは最初からだ。思い出す事は全て、事実を述べてくれ」
研究員の注目の中で、軽井沢はポツリポツリと話し始めた。その隣にスワンは座り、ジッと彼の様子を見ているのだった。
ランスロック岩井:副社長兼、凄腕のプログラマー
湯沢:ランスロック岩井のチームのチーフエンジニア
軽井沢:ゲームの中ではカル。スワンの友人。今は岩井のチームに所属している。
白鳥:スワン
安武女医:タチバナコーポレーションのサービスセンター内にある、医療機関の先生。