12 絶望から見出した希望
人は消える時に何を思うのだろう。
体を動かす感覚は失ってしまっていても、意識だけは残っていたら……その時、瞳を閉じて暗くなった世界に見るものは、想いを映し出す人生の流れ、心に刻まれた消える事の無かった自分にとって大切な事。
◇◇◇
粉々になった体の破片が、バッドムRに着せられた黒いボディスーツに吸い込まれていく。
(まだ私は終わらない)
この黒い物と融合した私は、姿は変わっても私のままだ。
真凛お姉様に黒い糸を飛ばす。よしっ届いた、あの影、剥がして見せるっ!
◇◇◇
「どうだあ、真凛ちゃんよぉ、言う事聞かない奏音は死んじまったぜぇ。俺の言う事聞いとけば助かったのによ」
「くっ、何これ。離せっ汚らわしい」
ビキビキビキビキビキビキビキビキビキ
「強えなぁっ、俺の影を食い止めんだ。うおぅうおぅ、げっ何しやがる、えっえっ何だ、足が」
(所有者よ、真凛の力だ。我の影と同じだが、真凛の力は目に見えぬ。我より厄介であるぞ)
バッドムRが両足から巻きついて登って来る目に見えない何かに気を取られた。
その時、真凛の腰の辺りまで巻きついていた黒い触手がシュルシュルと短かくなっていき、真凛の影の中に戻ってしまった。
(所有者、退け、逃げろ、お前に巻きついた真凛の糸を押し返す。だがすぐに逃げろ)
(逃げろってどう言うこった。何言ってんだ、何とかしろよおめぇ)
(どこか遠くへ逃げよ。闇の中へ、真凛は我を奪っ)
真凛に巻きついていたバッドムRの触手が消えていた。それを見てバッドムRは髑髏の指輪が何を言ったのか理解出来た。
(やべえのか? 俺の方がやべえのかっ? おいっ返事しろよっ。えっ、真凛の影から何か出て来た……)
真凛もそれに気づいた、再び力を盛り返して来たバッドムRの影に対抗せんと身構える。
(今だっ、所有者よ、飛べ! 飛べ! 飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ)
(ぐあぁぁぁぁぁぁ頭がぁぁぁぁぁ飛ぶからやめろぉぉぉぉぉぉぉ)
「うぉわぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁ」
バッドムRが何かを叫びながら崖の下に向かって身を投げた。
◇◇◇◇
真凛の影から真っ直ぐに影が立ち上がって来る。真凛は見えない糸を張り巡らせてそれを押さえつけようとした。しかし、その影に触れて、柔らかくしなやかで優しくて切なくて……
「奏音」
影は奏音の姿になって真凛の隣に立った。
「奏音、どうして?」
影の奏音が首を横に降る。
「生きてるの?」
奏音が頷く。
「話せないの?」
奏音が小さく頷いた。真凛が泣き顔の画面を外した。真凛の灰色の瞳から涙が溢れ出す。
声の出ない影の奏音の口が動いて、彼女の手が真凛の頬を伝う涙を拭った。
(お姉様、奏音生きてる。お姉様の涙に触れた。嬉しいの、喋れなくてもいい。だって、だって、奏音お姉様と一緒になれたんだもんっ)
白いテーブル2つの椅子がある。崖から10mほど離れた空中に真凛の見えない糸の上に据え付けられて、まるでそこに床があるかのようだ。
黒い影の姿の奏音の指先が白いテーブルの上をなぞって行く。指先が触れた場所に黒く文字が残されていった。
『真凛お姉ちゃん大好き。奏音はお姉ちゃんの影になったの。だから嬉しいの。こうやったらちゃんと話せるし』
文字を書く影の奏音の髪が風で揺れた。見つめる真凛の紫の髪も風に舞う。
奏音が真凛の影の中に戻れば、光に映し出される影は真凛と同じ動きをする。それは2人が一体となった証。
「奏音、私はあなたを元に戻す。必ず元に戻してみせる。それまでいつも一緒ね」
影の奏音が真凛に抱きついてきた。その奏音の頭を優しく撫ぜながら、真凛はギュッと抱きしめて来る奏音の耳元で囁いた。
「奏音、痛い」
胸にうずめた奏音の頭が横に振られて、もっときつく抱きしめて来た。
「離して奏音、今度は私の番よっ」
新たに生まれた2人はひとつになり、いつか2人に戻れる日を求めて歩き出した。本来なら出会う事の出来ない運命の姉妹だった。
だが、バッドムRという邪悪な存在がその運命を捻じ曲げて、絶望の中から希望を見出すことが出来た。
── 奏音と真凛の物語も今始まった。