9 ブラックアウト
(おかしいな、なんで画面が真っ暗になったんだ?)
タチバナコーポレーションのオンラインゲームサービスセンターの中に在る、副社長ランスロック岩井のラボの中でカル(軽井沢)は焦っていた。
オッサン(つまりスワンのクエストではマッテオ)が奏音に殺されてしまう所までは見る事が出来た。
それ自体がまさかの展開だった。危うい、まさに危うい橋を渡っている感覚が増して来ている。
── 全く制御出来ていないクエスト
いや、クエストの問題じゃない。わかってたじゃないか。リサもマッテオもロゼッタも全員が高位人工知能で、今や普通の人間と遜色無く生活している事を。きっかけは量子系記憶媒体の中で行われたこのクエストだったはずだ。
俺たちのクエストと一致する条件を考えろ。何が一緒だ? 何が違うんだ?
まず、本物の人がクエストに参加した事。あいつらの場合、モフモフうさぎとラヴィアンローズの2人だった。
俺たちはまだ、達也(バッドムR)1人のみ。
モフモフはマッテオを倒して、リサも倒した。ラヴィはモフモフを仲間にして、リサとは親密な関係になった。
じゃあRは……オッサンを仲間にしたが、そのオッサンは奏音に殺されてしまった。
三者三様だ。だが、オッサンが奏音に殺されてすぐに画面が暗転して見えなくなった。ポインタから送られてくる音声も聞こえない。どうしたんだ、こんな事は報告書にも載ってなかった事だ。
Rはゲームの中で死んだのだろうか?
いやRはゲームの中ではまだ死んではいない。なぜなら転送ルームのベッド型VRギアの中で眠ったように横になっている達也が目を覚まさないからだ。もしもクエスト中に死んだら一旦ログアウトして帰って来る約束をしている。
違うっ、無敵状態。そうだった、あいつ死なない、というか死ぬことがない状態だ!
簡単にやられないようにと、高位人工知能を搭載したユニークアイテムの指輪まで装備させて送り出したんだ。
俺の選んだ指輪の効力に、かなりヤバイ性能を付加していったのはR自身だ。自分が使うからなんでも有りだとか言って、奴の思いつくままに発展性のリミッターを外していたのを思い出した。
リミッターは必要だって俺は言ったんだ。人型のAIはやばいって。
世界を見ると、人の姿をした人工知能の製作を禁止した国が実は多いんだ。倫理やら、道徳やら色々言われているけど、実際は人を超えた人類に人工知能がなる事は絶対に許されないと言う知識人達が騒いだのが原因だ。
自分達よりも容姿が優れていて、頭脳はコンピュータと同等。それに人が持つ思考回路が組み込まれて、それぞれが意思を持つ。
世界各地で起こった、人工知能が起こした事件に人型の人形が数多く使われた事も、彼らを語る上で外す事が出来ない話となっている。
真っ暗になってもうだいぶ時間が経つ。焦っているのは俺だけじゃあない。俺たちに協力してくれているチーフエンジニアの湯沢さんも気が気でない様子だ。
「軽井沢君、1つ疑問に思うんだが、アイテムの指輪にも人工知能が搭載されていると言ったね。それも簡単な機能に制限されたタイプではなくて、発展性を持たせた高位人工知能の方を」
「はいっ」
「じゃあ聞くが、その高位人工知能が使用するアルゴリズムが運用されるデータの領域は、この量子系記憶媒体の中だよなぁ」
腕組みをした湯沢が黒い画面を見ながら言った。
「カオスな状態だな。 何1つ基本となるレールが敷かれていない世界に……もしかしたら、もしかしたらだが、軽井沢君、達也君はリミッターを外したと言ったな。勿論このサーバーの中での作業において」
「うっ、えっと、それはつまり、もしかして」
「あぁ、白紙の世界の中にリミッター解除というレールを書き込んだ」
「もしそうだとしたら、どうなるんでしょうか?」
「こうなる」
湯沢が黒い画面を指差した後に、別のモニターに映るVR装置の中で横たわる達也(R)を見た。
「まだアンタレス本体とのゲートは作って無いよな。軽井沢君」
「え、えぇ、まだこのサーバーにはこのクエストしか入れてない状態で、繋がっては居ますが自由に行き来が出来るゲートは作っていません。あとは何も無いはずです……」
「連れて帰って来なければ達也君が堕ちるぞ。急がねばっ、軽井沢君、このクエストの達成条件は何だ? こちらから強制的にクリアにしてしまう事は可能なのか?」
(やばいやばいやばいっ、最初のオッサンの所で既におかしかったじゃねぇか。あそこで写真が落ちてきてオッサンの娘を助けろって
クエストのはず……まじか……モフモフうさぎとラヴィの話、あいつらのクエストの時点で話が変わってたじゃねぇか。あの時点で量子系記憶媒体の世界は変化を始めていたんだ。つまりこのサーバーも初っ端から変化してた)
「湯沢さん、つまり達也がいじった設定がサーバーの中の世界全体に広がったって事になるんですかね」
「他に何を変えたのか知らんが、ルールを決めた。例えば太陽は北から登り南に沈む、そんなルールを書き込んだならば、それはこのサーバーの全てにおいての基本ルールになってしまう、そう言う事だ。リミッターを外す、リミッターを外す……そうした場合、どうなる?」
「このサーバーの中をフォーマットすれば」
「達也君が帰って来たら直ぐに実行せねば。それからこのサーバーとアンタレス本体のサーバーとの接続を解除せねばならない」
「チーフ、まずいですよそれっ。それこそ達也さんが取り残されてしまいます。達也さんが帰って来る時はアンタレス本体のサーバーを通って戻って来るんですから」
「うむぅ、下手すれば空白のサーバー領域を人工知能が支配してしまうぞ。それだけならまだしも、アンタレスを経由してオンラインに乗ってしまったら大変な事になる。緊急メンテでアンタレスを外部と遮断すべきだ」
「えっ、今ですか? オープンβが好調ですし、副社長に報告してからでないと」
「岩井さんはまだ起きて来ていないな。君、アンタレスにアクセスして直ぐに帰って来てもらえ」
慌ただしくなったランスロック岩井のラボ。軽井沢は、黒い画面がいきなりちゃんと映るようにならないかと気にしながら、湯沢に自分が達也を連れ戻しに行く事を提案したのだった。
もちろん死んで帰って来れるように、無敵状態では無い普通の体を使ってだが……
始まってしまったか……暴威の兆し。続く