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1 夏だっ、海だっ!

 ── 常夏の海。


 海洋交易都市オセアに四季は無い。アンタレスが地球を模した惑星という世界で形成されている中で、赤道に近い場所に作られたオセアは、常に夏真っ盛りなのであった。


「モフモフさんっ、ぼ、僕はもうこんな、こんなのは無理ゲーですっ」


「何言ってんだっラヴィちゃん、どうせ夜はリサとチョメチョメしたりしてんだろっ。いまさら恥ずかしがるなよ」


「そんな事言ったって、リサはともかくロゼッタなんてあんな布切れで水着を着てるの? 鼻、鼻、鼻血が出そう」


「出るかっ、つーかチョメチョメは否定しねぇのかっ!」


 透明感溢れる海は、まさしくマリンブルー。焼きつける太陽は白い砂浜を眩しく照らし、そこにいる人々の心を熱く燃え上がらせた。


「ローズっ、リサもそっちに行くっ」


 波打ち際に立つリサが、サンダルを脱いで、波しぶきを上げながら遠浅の沖に居るラヴィの方へ走って来た。


「うほほ、リサも揺れるねぇ。目の保養っ、やべっ鼻血出そう」


「ちょっとモフモフさんっ、僕のリサを見ないでよ、もう」


「ラヴィちゃんだって、さっき俺のロゼッタの水着姿をガン見して興奮してたじゃん」


「うっさい」


 バシャーンッ


「ローズ、ねえねえ、あっちのお店でトロピカルフルーツジュースって飲み物が売ってるの」


「リサ、リサ。そこに潜ってるエロガッパがさ、リサのおっぱい見て興奮してたんだ。リサはTシャツ着て隠してよ」


「ぶはぁっ。ちょっと何言ってんだ! ここは海だぜっ、んな事いちいち気にしてられっかってんだ。なあリサっ、ああっ」


 リサがリサの糸を身体に巻きつけて、光学迷彩を羽織った。腰から下の水の中でさえも見えなくなってしまう。


「なんだよぅ、せっかくの渚の女神が出し惜しみするか? いけずっ」


 馬鹿な事を言っているモフモフうさぎを尻目に、なぜかラヴィも光学迷彩で姿を消してしまう。


「えっちょっとラヴィちゃん、待てよっ。俺から逃げられると思うなよっ!」


「あははっ」

「きゃあっ! リサの方に来ないでっ、ローズはあっち」


「見えねえんだよっ、間違ってリサに抱きついても俺は悪くねぇっ。どっちだぁ? そっちか」


「だからそっちはリサだって。モフモフさん、ちょっとちょっとっ、リサ逃げろー」


「なんだか楽しそうね」


 ビーチパラソルの下に座っていたロゼッタも、小走りに海に向かう。


「お姉さまぁぁ、お姉さまのエロうさぎがリサを付け狙うのっ! お姉さまが目の前に居るのに大胆不敵なの。リサうさぎの明日を心配するわっ、あははは。ローズ逃げてぇー」


「もう、ほんとに馬鹿エロうさぎ」


 アラネア公爵家のプライベートビーチという、一般人が出入り出来ない白い砂浜のビーチを、モフモフとラヴィがスワンに作らせた。


 海洋交易都市オセアには他にも沢山のビーチがあって、そちらは一般の冒険者が利用する事が出来る。

 ただそちらでは、公爵令嬢であるリサとロゼッタが、水着で出没するわけにはいかなかったのだ。



 ◇



 オープンβテストが遂に始まった。全世界からユーザーが殺到し、クローズドβテストと同様に抽選で参加者を決める事になったアンタレスONLINE。

 今やこの仮想現実の世界の中で、多種多様な国々の人々が街を歩き、仲間を作り、世界の食を求めて闊歩しているのであった。



 ◇



「なあラヴィちゃん、今度追加されたキャラ見た?」


「見たよ、獣人シリーズ。あと、ペットを連れた人も居たし」


「リサも見たわ、リザードマン。トカゲモンスターかと思っちゃった」


「俺もだ、まあ海洋都市のオセア実装と同時にだから、水に強いキャラって事なんだろうけどな。でさっ、ラヴィちゃんとリサ、いい加減姿を見せてくれよ。さっきから俺が独り言を言ってるみたいじゃねえか」


「いやよっ、うさぎってお姉さまを見る目もいやらしいのにリサを見る目はそれ以上にケダモノじみて、舐めるように見ていたわ。目が血走っていたもの」


「そうなの? うさぎ」


「いやっ、決してその様な事は一切ありません。俺の瞳はいつもロゼッタしか見ていないです」


「らしいわ、リサ。ローズの姿も見えないし。見えない事をいい事に、2人で何をしているのか私もあやしい想像をしてしまうわ。ねえっうさぎ」


「おう、そうだそうだっ。俺とロゼッタが見えないからって、ラヴィちゃんだってロゼッタのおっぱいをガン見してんだろっ。それか2人でいちゃいちゃしてんじゃねえのか」


「ローズッ、あっち向いて。お姉様を見るの禁止なの」


「えっあっ、いやいやそんな。モフモフさん。あのね、そもそも僕とリサもお互いの姿が見えないんだけど」


「えっ、あっそうか」


「リサね、トロピカルフルーツジュースが飲みたいんだけど。ローズ、早く行こっ」


「うん、じゃあ行こうかっ」


 浜辺を駆けていく足音がする。光学迷彩を解いたリサとラヴィは手を繋いでいた。


「何が見えないだっ、手ぇ繋いでるじゃんか」


「うさぎ、私も」


「いいのか?」


 普段、人前ではそんな事を絶対に言わないロゼッタがモフモフうさぎの手を握った。


「リサとローズしか居ないんだし構うことはないわ。それにもういいでしょ、うさぎ」


 ロゼッタがモフモフうさぎの手を引いて、浜のコテージに向かって行く。


(何の違和感も無い目の前を歩く水着姿のロゼッタ。実世界では絶対に起こることの無いこのシチュエーション。全然慣れねぇよ)



 ◇◇◇



「あの話か?」


「ええ、リサに聞いたの。リサはもうローズの本当の名前を知っているって。私もお前の名前を知りたい、知ってしまったら私はお前のロゼッタになると誓う、その覚悟は出来てる」


「今……なのか」


「もったいぶるほど立派な名前なの?」


「そうじゃ無いけど。俺の名前を知るって事がそんなに特別な事なのかな」


「戒めよ。あなたの名前を知れば私は人間社会でのあなたを知る事が出来るし、正直に言うと幾らでもあなたの情報にネットの中からアクセスする事が出来てしまうわ。仮初(かりそめ)の契約だけど、これは大切な事なの」


(インターネットを介してロゼッタは普通に俺たちの世界の情報にアクセスしている。テレビや映画、学問全般、その気になればハッキング技術も全世界からかき集めて、強力なハッカーにすらなれるだろう。なのに彼女は自分を普通の女の子のレベルに落とし込もうとしている。俺のロゼッタという意味は……)


「まだ待たなければいけないの? あの子達はずっと先を歩いているわよ」


 ロゼッタの視線の先に居るのはラヴィちゃんとリサ。ラヴィはこの世界の人になり、この世界そのものの根本的な何かとなり得た男。


「ロゼッタ、1つだけ先に言っとくよ。俺さ、ラヴィちゃんみたいにこっちの住人じゃないから、歳も取るしいつまでもここに居続ける事が出来るわけでもない。今すぐって訳じゃ無いけど、いつかは必ずお前の前から消えるんだ。だか……」


「覚悟は出来てるって何度も言わせないで。私だって電力の供給が止まれば消えてしまうし、何かの間違いでこの世界全てを消されてしまうかも知れない。それにアンタレスはあなたの世界の中では1つのゲームでしかない。人が集まらなければすぐに終わるわっ。そんな物でしょう、ゲームって」


「儚い夢みたいなものなのかな……」



「君がため 惜しからざらし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」



「えっ?」


 もう1度言うわね。あなたの国の昔の和歌よ。リサが好きなの、私が先に知ったのに……


「君がため 惜しからざらし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」


 ロゼッタが壁に並んだ絵葉書を1枚選んで指先を走らせた。


 白い砂浜とどこまでも青い海。そこに丁寧な毛筆の文字が浮かびあがっていた。

参照:百人一首50番 藤原義孝


「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひぬるかな」


2人の境遇を表すのにぴったりな和歌。


ロゼッタの気持ちを代弁すると、モフモフからこの言葉を贈られたら取り敢えず惚れ直すとの事です。

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