109 復活の果実
リサとラヴィの後に続いて、スワンが出て来た。中二階に姿を現したのはロゼッタとモフモフうさぎ。それに気がついたリハクが、ロビーを抱えてロゼッタ達の元へ飛び上がった。
「おっ、破壊王子」
「壊すことに関しては、お前には負けるのだがな。モフモフ」
リハクがそう言いながらロビーに促すと、ロビーがライジングサン、今は双剣である十六夜の剣の右手側をモフモフうさぎに差し出した。
「モフモフさん、私じゃ全然使えないのよね。話しかけてくるんでしょ? この剣。私の事をガン無視してるし。やっぱり本来の持ち主が持たないとダメよね」
ロビーから受け取った剣は、即座にモフモフうさぎの右手にガントレットとなって装着された。
「ほらねっ、やっぱり」
ロビーがモフモフを見て笑って言った。
◇
「スワン君、復活の果実はいつになるんだ」
背後に立ったスワンに、振り返ってランスロック岩井が言った。
「はい、急遽予定が狂いまして違った形で提供させて頂きます」
スワンがラヴィとリサの方を見ると、その視線の手前にバッドムRの姿が映った。
(お前かあ!)
スワンが眉をひそめて睨むと、毎度のごとくバッドムRの視線が泳いだ。
(間違いないっ、またやりやがった)
スワンはため息をつくと、気を取り直してラヴィ達を見る。
彼らはステージに寝かされたマッテオの側に寄って、手を引いて起こしている所だった。
「副社長、ただ今より復活の果実をこの場所に実らせます。司会を交代しても良いですか?」
「構わんよ、存分にやってくれたまえ、スワン君」
「わかりました」
「では、皆さん。長らくお待たせ致しました本日の食事会のメインイベント、復活の果実を始めたいと思います。皆様方は間近で魔法を、奇跡を見た事がありますか? 決められたプログラムが実行されるだけの作られた映像を見てきただけであるならば、これから目にする事が本物の奇跡、魔法というものです。瞬きせずに目に焼き付けて欲しい、そう切に思っております。始めましょう、アンタレス、新しい私達の世界を!」
長テーブルの中央辺りに1つの虹色に輝くクリスタルのようなものが置かれた。復活の果実の種、それからそっと手を離すと、リサはラヴィと手を繋いで深々とお辞儀をした。
ラヴィが魔力の奔流を起こしはじめた。世界の緑が累々と集め続ける力を魔力と表現しているが、本人達はそれを緑の力と呼んでいる。
ラヴィとリサの髪が湧き上がり、2人の手から種へ力が流れ込んで行った。
「命、芽生えよ。我は緑の使徒ラヴィアンローズ、愛と緑の女神アラネア・リサと共に願わん。復活の果実よ、芽を出し、根を張り、幹を伸ばし枝葉を茂らせ、そして花を咲かせよ」
語りかけるように呪文を唱えていくラヴィアンローズ。
コトリッとクリスタルが2つに割れた。
本来は呪文すら必要としない緑の奔流が、種に流れ込み根を張り芽を伸ばす。種の中からガラスのような透き通った芽が出て、根が伸びて行く。根はテーブルを突き破って勢いよく城の床にまで穴を開けて太く長くなっていった。
透明な芽は次々と色を吸い込みながら背を延ばし、枝葉を広げ立派な木となって行く。
ポカンと見続けるゲスト達の目には、ホールの壁に掛けられている魔灯のオレンジの光が反射する巨大なクリスタルのツリーが映っていた。
テーブルを半分に折る程に太くなった幹にラヴィとリサは手を当てて、目を閉じた。
復活の果実の樹に色が生まれてくる。茶色い幹の色、薄い緑色の長い葉。そして何百というピンク色の大きな花弁が枝から次々とぶら下がってきて、淡い桃色の花が咲き始めた。大ぶりの枝から吊り下がるようなラッパ型の花から、強く甘い香りが漂い辺りを埋め尽くす。
ドンッと花の芳香が広がって、ゲスト全員が悶絶した。花の香り、それが脳まで染み込んでくる。甘美で、とろけそうで、身体が浮いているような感覚に襲われて、気がつけば口からよだれを垂らす者まで居た。
「なんと、素晴らしい!」
花の時間はあっという間に過ぎ去り、花弁が落ちた小さな膨らみは、風船のように果実となって膨らんで行く。半透明のはち切れそうな果実には薄く白い粉がふいて……
味を知るバッドムRが堪らず立ち上がって、椅子を転がした。だが誰もそれを気にする事も無かった。
「皆さま、もう果実が実った。あと少しであの果実を食べる事が出来、出来る、出来るんですっ!」
スワンも興奮して何を言っているのか自分でもわかっていない。
胸の奥底から湧き出る好奇心と期待感、決してそれを裏切る事は無いであろう、脳まで染み込む芳しい香り。
ゲストは興奮のるつぼの中に居て、目の前の奇跡を早く確かめたいと願った。
「食べたいっ! 早く味を知りたいっ!」
それが、好奇心と探究心という人類が持つ根本的な性質をくすぐってくる。それが進化に繋がるものだから。彼らは今この瞬間にそれを感じ取っていたのだ。
◇
復活の果実、それは触れてはいけない媚薬のよう。一度でもその味と匂いを知ってしまったら、誰もがそれに取り憑かれる。
アンタレスの世界は今ここに、全世界に対して仮想世界の進化の狼煙をあげたのだった。
復活の果実を中心に起きた出来事。それが第3章でした。
ラヴィとリサ、モフモフうさぎとロゼッタ、そしてロビーとリハク。それぞれがパートナーを得て、それが全員人工知能であるという奇跡。
交われば交わる程に人に近づく人工知能達を、彼らはどう導いて行くのであろうか? いや、むしろ導かれるのは人類の方なのかもしれない。
世界の幕開けは第4章に繋がります。
幕開けまでは、あと間近。
◇
評価をしてくださる事を期待しています。4章に勢いを持って取り組みたいので、どうぞ宜しくお願いしますねっ!