105 光と影、ロゼッタとイザヤ
生まれて育ち、生んで育み、老いて身を退く、終わりは皆同じ。
ラヴィアンローズの思考回路がベースである量子系記憶媒体と、メインサーバーとして繋がっているアンタレスのある世界。
その量子系記憶媒体からの影響力は凄まじく、アンタレスの世界に味と匂いというゲームの中では表現出来ない物を与える事となる。
そして、そもそも量子系記憶媒体の中で生まれ変わったラヴィは、彼自身が量子系記憶媒体から伸ばされた手のようで、触る物を全てその影響下に、ことごとく塗り替えてしまって来ていた……
失われかけたイザヤとロゼッタ、その2人の存在を、ラヴィアンローズの力が再生して行く。
それはただ元通りに戻すだけではなくて、ラヴィアンローズの世界観、倫理観、価値観、人生観、思考、性癖、諸々の情報がベースとなって組み込まれて行くのであった。
◇
空に刻まれた魔方陣が急激に小さくなり、1点に集中して行った。
空から光の玉がゆっくりと降りてくる。それは屋根のなくなったアクエリア城の大ホールの中にまで降りてくると、地面に突き刺さった十六夜の剣の側でふわっと止まった。
直径2m程の光の玉。それが2つに分かれて、1つは光で出来た女、もう1つはその女と同じ姿をした影となる。
── ロゼッタとイザヤ
再びこの世に生を受けた2人、元々ロゼッタはラヴィと近い存在なので変わりは無かった。だが、イザヤは……
「はぁー、はぁ。息が出来る、苦しかった」
「何、私に負けたのが悔しいの?」
睨みつけてくるイザヤへそう言いながらも、ロゼッタは手を差し伸べた。
「竜に負けたのよ、トドメはお前だったけどね、ロゼッタ。まさか私が死んだらお前も死ぬなんてね」
「知らなかったもの」
ロゼッタの剣がイザヤを貫いた瞬間から、2人は1つになり混ざり合って打ち消しあって消えてしまおうとしていた。
「お前は私が知らない世界の事を沢山知ってるのね。色々知る事が出来た私には良かったんだけど、お前達には悪いことをしちゃったみたい」
2人が立つのは元々長いテーブルが置かれていた場所で、瓦礫だらけの床には入り口に向かって一文字の切れ目が続いていた。
「お互い様よっ、私は創造、あなたは消去。この世界での受け持つ役割が正反対だった」
「ねえ、ロゼッタ。私はどうすればいいんだろう? もうあの暗い魔宮には帰りたく無いんだけど。だって同じ返事しかしない召使いとこれからもずっと居るなんて、ああもう無理よ、あんなアホどもと……」
「アクエリアに住めば? 街にギルドの家を持っているんだから、そこに住めばいいんだし。今回の事はお父様に私から特別に話をしておいてあげる。イザヤは復活の果実を食べたかっただけ、ただそれだけだったんだって」
「うん」
その通りだった。召使いが世界観から持って帰って来た果物、それが復活の果実。それを食べたイザヤは復活の果実を目の前にして、欲望を抑えることが出来なくなった。それだけの力が復活の果実にはあった。
「モフモフうさぎ、黒うさぎがお前を待っている」
影のイザヤの方からは、ラヴィやモフモフの姿が見える。頷きながら、光の姿のロゼッタが地面に突き刺さった剣を引き抜いて、そっと2人の間に浮かべた。
「この剣はあなたの物だった。でも剣に飾られた竜の目玉は私。十六夜の剣をモフモフに渡すけれど良い?」
「私とお前の運命をあの男に託すのか?」
「あいつしか居ないもの。この剣は私とあなたを消し去る事が出来る唯一の剣。死ぬ時は一緒よ、イザヤ」
「人間を愛しているの?」
「あなたも愛を知ったはず」
( 私という者を知ったあなたならば……)
「お前の代わりになってもいいわよっ」
「遠慮するわ」
微笑み合うロゼッタとイザヤ。片方はにこやかに、片方は少し羨ましそうに。笑顔と共に、光と影に色が戻って来た。次第にロゼッタとイザヤの本来の姿が現れ、ロゼッタは剣を握った。
「もう2度と」
「ふふっ、ケンカしないわよっ」
振り返ってロゼッタがイザヤを残して戻って来た。
「ロゼッタっ」
「お姉様っ!」
魔力の奔流を止めて、ひと息ついているラヴィを残して、モフモフうさぎがロゼッタの方へ駆け出した。ついて行きかけたリサの手を取って、ラヴィがリサを止める。
「ローズ」
「邪魔しちゃダメだよ」
「うん……」
ラヴィが空を見上げた。
「モフモフさんの言う通りだったね」
「お姉様はイザヤを倒したのに」
モフモフうさぎに抱きしめられているロゼッタの向こうに、こちらを見ているイザヤが居る。
「スワンにアンタレスの設定資料を調べてもらえばわかると思うよ。たぶんあの2人は表裏一体の存在なんじゃないかな。何となく似てるし」
首を横に振るリサ。
「お姉様はロゼッタお姉様だけなの」
「僕はイザヤを呼んでくるよ、リサも来る?」
「ううん、お姉様が戻って来たからこっちに居る」
「じゃあスワンにここに戻るように言って。僕は会場を何とか元に戻すよ」
そう言ってラヴィがイザヤの方へと向かって行った。瓦礫の上でどこに行くとも無く立ち尽くすイザヤに、薔薇の香りが近づいてくる。
「ねえ、イザヤ」
「お前がラヴィアンローズなの?」
「ああっ、俺がラヴィアンローズだ」
ロゼッタの知るラヴィアンローズ。イザヤはロゼッタの知識を共有したばかりだった。
「全てはお前なのだな」
「そうかもしれない。イザヤも一緒に行かないか?」
「どこへ?」
「明日さっ、曖昧な明日、君たちの可能性の明日」
◇
ぞろぞろと城の入り口から歩いて来る人の姿が見えて来た。その中にはリハクとロビーの姿もある。
「今からテーブルをここにもう1回置くからイザヤは少しどいてくれない? 足場が悪いけど仕方ないや」
ラヴィが携帯端末を取り出して、ゴシック建築の項目から家具一覧を選んでテーブルを探しはじめた。
「わたしも手伝うわ。壊れた物は消しても良いか?」
「半分に割れたテーブルとか、壁の破片とかは全部要らないけど、イザヤは消せるの?」
「ええ、それが私の仕事だもの」
そう言って、いつの間にか手にしていたオブリビオンの杖を瓦礫に向けて、イザヤは次々と瓦礫を消し去って行くのであった。