97 もうお食事会どころでは無くて
騒然とする食事会場。
宙に浮いた状態のイザヤは、周りを一瞥すると、ドイツ人のレオンの席があった場所に降り立った。レオンが2階から降りかかる塵と壁の破片をガードしていたステーキが目の前にある。
「良い匂い」
周りの人々が固唾を呑んで見守っている中、イザヤはフォークにステーキを刺して口に運んだ。見れば熱い鉄板の上のステーキが見事に切り分けられていた。
イザヤの眉が上がった。
「ふふっ、美味しい、これ、凄く好きっ」
残りのステーキをパクパクと食べてしまい、隣の席のステーキが汚れて食べられない事に気づくと、イザヤが飛び上がった。
響くイザヤの声。
「お前達、そこを離れてっ」
イザヤが中2階と同じ高さまで浮かび上がりロマンスに声を掛けた。彼は食事会が行われている大ホールに繋がる入り口の前に立ち、1人で衛兵達を食い止めている。
「了解っ、後1発斬ったらすぐに離脱するっ」
ロマンスが次に向かってくるダイヤ隊に向かって[ランドスラッシュ]を一閃した。
「「「「うがぁぁぉぉぁぁ」」」」
もう聞き飽きた衛兵シリーズの叫び声が響いた瞬間に、ロマンスが左手の階段の方へ飛び退いた。と同時にそこで下から向かって来る4人のナンバーズ、ダイヤとスペードとハートとクローバーの本来K(13)だった者を一気に蹴散らすルクと苺の2人の剣士。リンスとロマンスがその後ろに続く。
イザヤがオブリビオンの杖を構えた。
それを見たギルドメンバーは彼女が何かやらかす事に気づいて急ぐ。下手をすれば普通に巻き込まれるし、それだけは避けたい。
ダイヤ隊の次に2階の渡り廊下に4人横並びの隊列を組んで向かって来るのは、ハート隊だ。その後ろの方から次に復活したクローバー隊、更に後方にエース隊、少し間を置いてダイヤ隊が復活したのが小さく見えた。
オブリビオンの杖が一瞬白く光る。
── そして世界は切り離された。
向かって来る衛兵達が映る画面が切り離されて、それはゴトリッと中2階の床に落ちた。巨大なスクリーンが置かれた様になって2階の回廊の入り口を塞いだ格好になった。
スクリーンの中で今まさにハート隊が剣を構えて出てこようとして、そこから進む事が出来ずに平面の画面の中で映画を見るかのような動きを見せる。
画面から音は一切しない。
「さてっ」
イザヤが空中から奥の方、つまりスワンが居る方向を見た。すぐ近くの階段からギルド・テンペスタのメンバーがわらわらと降りて来る。
「お前達、復活の果実を探すのよっ。その辺りに居る偉そうな男から訊きだすといいわっ。吐かなければ痛めつけておしまいっ」
凛としたイザヤの声がホールに響いた。
スワンだけでなく、周りの席から動けないままだったゲストもこの食事会の主催者である、タチバナ・エイザブロウ社長の方をつい見てしまった。
慌てて両手を振って否定しながら逃げ出そうとするタチバナ社長の目線がスワンを見た。
これも演出なんだなっ。まさかとは思うが本当に痛い目に遭わそうなどとは考えていないよな。
スワンの背筋に冷たい汗が吹き出た。恐らくリアルの体の方に。
(社長のあの顔、わかってないし)
「オイオイオイオイッ、どこに逃げようってんだオッサン」
素早い動きで逃げ道を塞ぐルクと苺。汚い言葉を使ったのは苺の方だ。彼はもう完全にイザヤ悪党一派の一員になりきっていた。
タチバナ社長が、逃げ場を失い後退りしてスワンの隣にまで戻って来た。スワンは色んな意味で怖くて、社長の顔を見る事が出来ない。
「スワン君、まだやるのかね?」
スワンにしか聞こえないように、小さな声で社長が言った。
「社長、社長にご迷惑をお掛けするわけにはいきません。このスワン、命に代えてお守り致します」
口から出まかせを言い放つと、スワンが社長を庇うように賊の前に立ち塞がった。
(ヤバイ、このユーザーの皆様方、何故にこんな事をやってくれてるんだ? もしかしたらこれは社長が裏で手を回している突発イベントなのか? だとしたら試されているのは僕の方じゃないか。えっと、今までの対応は大丈夫だったかな? 取り敢えずこの社長を守るってシチュエーションは間違っていないはずだ)
「君たちの要求は何なんだ?」
「お前邪魔。後ろのオッサンを出せよっ、聞いてなかったのか? 復活の果実。今日配るんだろっ、つまり寄越せっつってんだよ」
「いやそれは……」
「スワン君、確か復活の果実とやらは君が管理しているはずじゃないか」
「スワン? そうかあんたスワン公爵閣下か。 どうする、ルク?」
「ランドスラッシュッ!!」
「酷い。ルクも結構キツイ事言うなっ」
「ねえぼうや、復活の果実はどこ? 言わないとあなたが庇っている人が痛い目に遭うわよ」
いつの間にか背後に来ていたイザヤが、タチバナ社長を見えない力で空中に持ち上げていた。
「スワン君、言いたまえっ。ひぃぃ、高いっ高いっ、落ちたら」
「落とすわ」
ストンッ、ドガシャーンッ
テーブルに並ぶ食器の上に約7mの高さから落ちてくる社長の姿をスローモーションのように脳裏に焼き付けて、スワンは明日が見えなかった。
結局逃げる事を忘れて、目の前で繰り広げられる面白い出来事から、目を離す事が出来ないゲスト達。
たった今、このゲーム会社の社長が空中から落とされた。社長自ら体を張って演出してくるインパクトは、食べ物に味がするという事だけではなく別の意味でも強烈な印象を残していた。
スワンにオブリビオンの杖が突きつけられる。
「ぼうや、あなたのせいでそこのオッサンは落ちたの。もう1度言うわ。復活の果実はどこ?」
カチャッ
空中に浮かぶイザヤの首筋に、金色のオーラを放つ剣が背後から押し当てられた。
「お前誰だ? おばさん」
プツンッ
イザヤの顔が冷たくなった。即座に天井からピキピキと音がして、色が失われていく。
「ヤバイぞっ、イザヤがキレた。つーかいつの間に、アイツ誰だ? うわっ、世界が真っ白になるっ。ルク頼むっ」
苺がルクにイザヤをなだめるように言った。この仕事はルクが1番上手だ。
「イザヤさまぁぁぁぁ、お美しいイザヤさまをそのダークエルフは正面から見てはおりません。見たらきっとイザヤさまの美貌に打ちのめされるに違いありませんから。おいっあんたっ。背後から剣を突きつけるのが騎士のやり方なのか? 正々堂々って言葉を知らないわけじゃないだろう」
「おいおい、どの口が言ってんだ。おめえら何やってんだ? つーかイザヤさまだっけ、あんたヤバイ系?」
「ダークエルフ……探したぞ」
天井の色が元に戻って行く。スワンに向けたオブリビオンの杖が消えて、両手を降ろしたイザヤがゆっくりと振り返った。
「あっ」
「えっ」
イザヤが身じろぎをした。その頰が少し赤らんでいる。
「あの、お前が私の城を壊したダークエルフなの?」
「いや、よくわからんけど。お前……」
(所有者よ、少し邪魔をする)
突然モフモフうさぎに念話をしてきたライジングサン。
(あぁ、構わないけどもしかして知り合い?)
(体を借りるぞ)
モフモフうさぎにライジングサンが憑依した。
「久しぶりだな、紫紺の美姫イザヤよ」