96 2階からこんにちは、死神です。
「うわっ、今のはなんだねスワン君」
「いやっ、何っ?!」
破壊音がした方を見上げたスワン。閉じられていた中2階の回廊の入り口の大扉が無残にも破壊されているのが見えた。
「えっ? なんで」
「スワン君、これもアンタレス独自のイベントなのか? 初日に隕石を落としたというあれみたいな」
「いいえ社長、逃げた方が宜しいかと……」
「逃げる?」
「想定外です。ユーザーによる襲撃? もしくは……もしくは、前回と同じ様に誰かがやったのか」
悠長に構える社長の隣に立ち、スワンはまだ飛び散る埃が社長にかからないように手で払いながら、ゲストに背を向けて小さな声で言った。
「何にしろ、危険だと思います。ゲストの皆様に避難してもらわないと」
「そうか、そうか、せっかく旨いステーキを食べているところだったのに仕方ないな」
タチバナ・エイザブロウ、オンラインゲームに理解がある社長である。スワンの言動、今起きている事すら、突発イベントの流れの中であると考えていた。ならば私がロールプレイに乗らねば話も進まん、やろうではないか、スワン君。
バタンッと勢いよく椅子を後ろに倒して、タチバナ社長が立ち上がった。
「皆さま、お食事中ではございますが賊の侵入を許してしまいました。恐らく彼奴らが狙うは、この城に保管されている秘宝に違いありません。急いで避難を、案内はこちらのスワンが行います」
そう言って、どうだ? しっかり流れに乗ってみせたぞというばかりのドヤ顔をしたタチバナ社長が、スワンを見た。
「「「「うわぁぁぁぁぁぁ」」」」
「ハート隊、臆するなっ! 突撃ィィ」
バァァァァンッ
「「「「うわぁぁぁぁぁぁ」」」」
まるで合唱のような悲鳴が2階の回廊から聞こえてきた。恐らく衛兵達が必死になって賊の侵入を食い止めようとしている。だが悲鳴は直ぐ近くでした、もう敵は目の前にまで迫っているのだっ。
「皆さまっ、急いでこちら……」
《忙しいのにごめん、何か起きてないか? 爆発音がしたぞ》
スワンと繋がるGM専用チャットの回線が開き、モフモフうさぎが話しかけてきた。
「こちらから奥に避難してください。衛兵さん達、ゲストの皆様方を城の西側の庭園へ誘導してくれ」
《モフモフうさぎ、マズイ。誰かはわからんが侵入者が暴れている。もう目の前まで来て扉が破壊された。直ぐ来てくれっ》
《リサとロゼッタは?》
ラヴィが会話に加わってきた。
《厨房だ。復活の果実を用意しているはず、ラヴィちゃんはそっちに向かってくれ。何か嫌な予感しかしない……》
《まじか、直ぐ行くわっ》
《了解》
アクエリア城の入り口の両脇に立ち、マントを風にたなびかせて威風堂々としていろ。それが今日の2人の役割だった。金色に輝くアクエリア王室のフルプレートアーマーに身を包むラヴィとモフモフうさぎは城の中へと駆け出した。
「ラヴィちゃん、俺先に行くぜっ」
「わかった、僕はこっちから厨房に直接行くよっ」
モフモフうさぎは空を蹴り、真っ直ぐに飛んで行った。その先にお食事会場である大広間がある。
《スワン、モフモフさんが直ぐに着くよ。大丈夫? 悲鳴が聞こえるんだけど》
スワンの返事は無かった。
◇◇◇
「なんだなんだ? 2階で何か戦いの様子でも再現して楽しませるつもりなんでしょうかね?」
日本のゲーム情報誌リアルナウONLINEからやって来たカサハラが、隣に座ってステーキの上にナプキンを掛けて瓦礫を防御するのに夢中な、ドイツのクンストシュタイン社から来たレオンに言った。
返事の無いレオンに向かって更に話を続ける。
「さっき前の方で逃げろという指示がありましたが、どうします?」
「カサハラさんのステーキはもうダメですね。僕のは大丈夫です!」
レオンの見当違いな返事を聞いて、カサハラは周りを見渡した。誰も腰をあげようとはしていない。皆、何が起きているのか興味を持って成り行きを見守っている様子だ。
「「「「ぐぅぁぁぁぁぁぁ」」」」
今までで1番大きくて近い声が2階からして、ちょうど対面になる場所の1階に座っていたカサハラに人の姿が見えた。
「あらぁ、いい匂い。なぁにこの匂いって? 美味しいの? そう、美味しいのねっ。ルクッ、あの虫ケラどもを蹴散らして来なさいっ。あっ、階段から来たわよ。ほらっ早く」
「そこから先は行かせる訳にはいかないのだっ。皆、かかれぇっ」
ブンッ
「「「「ぐぅぁぁぁぁぁぁ」」」」
今日、何度目の衛兵達の悲鳴だろうか。殿を務めるロマンスクレープ三世が[ランドスラッシュ]を一閃すると、背後から向かって来たダイヤ隊の衛兵が殲滅される。次に来るのは順番待ちのハート隊、その次はクローバー隊……
2階から飛び降りた女性がフワリと長テーブルの少し上で止まった。
「テーブルに立つなんて事はしないわ、ねえ、そこの男。それは何? 復活の果実よりも美味しいの?」
カサハラを見下ろす女性。長い黒髪の先が赤く染まり、美しくも冷酷な瞳を持つ彼女の名はイザヤ。
「美しいっ! オリエンタルビューティー」
ドイツ人のレオンが立ち上がって拍手を始めた。皆の注目がレオンと宙に浮かぶイザヤに集まる。
「うるさい、黙れ」
イザヤの手がレオンに向かうと、レオンとその後ろの椅子が縦に割れてそのまま床に崩れ落ちた。
「えっ?」
「ねえっ、ひとくち頂戴」
倒れたレオンから視線戻したカサハラの目の前に、イザヤの顔があった。
吸い込まれそうな青い瞳、綺麗な二重で切れ長の眉、真っ白な肌、つぶさに観察してカサハラの直感はこう結論づけた。
── この女は人では無い。
「何、その目。嫌な感じ、死ね」
空中で横になってカサハラを見つめていたイザヤが、身を起こした。着物の裾がカサハラに触れて、その瞬間カサハラの姿が消えた。