90 ギルド・テンペスタ集合
「準備万端っ」
鏡の前に立つリサを、少し離れて見ているラヴィ。2人はリサの部屋に居た。
(完璧なメイドだ、ウエストほっそ)
「リサこっち向いて」
「うん、なぁにローズ?」
黒を基調としたメイド姿のリサは、高級感と優雅さ、加えて洗練されたお姫様という佇まいを見せて、ラヴィが知る日本の文化の中でのメイド姿の大きな可能性を感じる事が出来た。
ラヴィはリサの腰の後ろで結ばれたエプロンの紐を綺麗に整え直した。
「ねえローズ」
「ん?」
「似合うかな?」
リサの肩越しに、甘く、それでいてどれだけ胸いっぱいに吸い込んでも、まだ吸い足りないような果実の香りが立ち昇る。
「似合うし、リサは相変わらずスタイル良いね」
「ローズの格好を初めて見た時、リサね、ローズに惚れ直したの」
「えっ? これ。いや確かにこのフルプレートアーマーはカッコいいけど、鎧に着られている感が微妙にするんだ」
羽織った純白のマントから覗く金色の鎧は、アクエリア王家の紋が胸の中央に浮かび上がり、ローズの属性である緑色がそれを縁取っていた。
「リサもお給仕をするんだよね?」
「うん、復活の果実を運ぶ時だけだけだよ」
「なんか、冒険者100人にも配るってさっきアナウンスがあったよね。どうするんだろ、現物が城にあるのにあれをわざわざデータ化して、ユーザーのアイテムボックスに転送するのかな」
「取りに来らせるってお父様が言ってた。リサとお姉様がお披露目会をやっていたステージで、公平かつ衆目に晒された状態での抽選、それが大切なんだって」
リサがローズのマントを整えながら言った。
「そろそろ時間だから、先に行くよ」
会食の場に、ラヴィとモフモフうさぎはアクエリア王家の鎧を着て立つ事になっている。
「頑張ってね、リサの騎士さま」
廊下を歩いて行くローズの後ろ姿に、リサからの声が響いた。
◇◇◇
「おう、やっと来たか。遅いぞロマン」
カフェテリア [ハスネ]のオープンテラスに、イザヤを囲んで他のギルドメンバーの3人は既に立っていた。
「遅れてすいません、ご主人様」
歯の浮くようなセリフを、通りを歩く他の冒険者達には聞こえないぐらいの声で言ったロマンスクレープ三世。トボトの町でルクとリンスと合流した時に、イザヤが居る事にびっくりしたのだが、背中の二つ折りに畳んだ槍、[ランドスラッシュ]を貰った上にアクエリアで売っている中で、最上級の槍戦士用の防具一式を買ってもらった時点で、イザヤはイザヤ様となったのであった。
「ロマン、今はギルマスのイザヤよ。遠くまで行かせたのに呼びつけてごめんなさいね」
サングラスをテーブルから取ると、イザヤは立ち上がった。
「行くわよっ、召使い達」
(あっ、速攻で御主人様に戻りやがった)
リンスと苺と目で確認し合うルク、来たばかりのロマンがもう移動するのかと言いたげに、几帳面にイザヤが座っていた椅子を並べ直していた。
パチンッ
イザヤが指を鳴らした。今日何度目かの呼び出しにウエイターのアルバイトをしている冒険者も、慣れた様子でイザヤに近寄って来る。
「お呼びですか? お客様」
「うん、美味しかったわ。ご馳走さま、お代はそこのロマンスから貰っておいて。また来るわねっ」
颯爽と店を後にするイザヤ。向こうを向いたイザヤに見えないように、ポーチからお金をロマンに渡してルクが走って追いかけて行った。
「あの、いくらっすか?」
「えっと、あの方凄い食ったから」
メモを確認しているウエイター。まるで現実世界と同じ光景が目の前で行われている。
「9600レイです。それとサービス料が400レイで、合計10000レイです」
ロマンは青ざめた。ルクが手渡してくれたお金はお札が3枚、3000レイしかなかった。
「全然足りねえんだけどルク。あーもう居ねえ。なあ兄さん、お釣りある? 手持ちが無くてこれしかないんだ」
ロマンが取り出したのは、ティアソタの欠片。武器や防具のレベルを上げる為に必要なアイテムで、これがあると精製練度が上昇してレベル上げの成功率が90%を越える。
「えっ、ちょっと。それって超貴重なティアソタ? あの…… 今末端トレードで10万超えまてますよ」
「知ってるわ、でもこれしかねえし。うーん、売りに行く暇もなさそうだしこれ置いとくから、うちのギルマスが来たら代金先払い扱いにしてくれよ。暫くは足りるだろう?」
「えっと、えー、そんな話が通じるのかなぁ。取り敢えず俺が代わりに払っときましょうか?」
「あぁ、頼むわっ、俺急ぐから。じゃあギルマスが来た時は頼むなっ。このエンブレムのネックレスをしてるから覚えておいてくれ。ありがとなぁ」
ロマンが自分の頭の上のエンブレムを指差しながら走って行った。北の大通りをアクエリア城がある北東に曲がる道に消えて行くイザヤ達一行。
「凄えな、ギルドテンペスタだっけ。こんな高いアイテムを簡単に置いて行ったよ。あの髪の先が赤い美人って、絶対こっち側の人間だな」
手にしたティアソタの欠片をポシェットにそっと忍ばせて、ハスネのウエイターの冒険者は代わりにお金を持って店の中に戻って行った。