89 アクエリアのカフェにて
空間操作能力を使い、イザヤ達はアクエリアに戻っていた。 それはひとえにアクエリアの街の方が美味しい物があるからという理由からだったのだが……
パチンっ
指を鳴らしてウェイターを再び呼んだのは、サングラスをして変装したイザヤ。グレーのVネックのチュニックに、フロント部分が何箇所も横に裂けたダメージパンツ、ダークブラウンのワークブーツという全く冒険者らしくない姿だった。
「お待たせしました。お客様、追加のご注文をどうぞ」
これで4回目の追加の注文。メニューに載っているケーキの種類は、4種類。ストロベリーショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、果物の入ったロールケーキだ。
「これ」
細い指先をメニューのケーキの絵の上に置いて、彼女は視線を通りの方に向けた。
◇
見慣れない姿をした集団が、噴水広場の方からぞろぞろと歩いて来ていた。
「バルは無いのかな? さすがに無いか」
スペインのアニメ配信最大手の《TOKIO MANIA》の、アントニオが大通りの両側に立ち並ぶ飲食店を見渡しながら言った。
「お酒は無いって話だ」
「じゃあビールも」
「勿論ワインも無い」
スペイン人とフランス人とドイツ人が残念そうに話していると、後ろの方でキョロキョロしていた《GGNS イギリスのゲーム配信会社》の、エリックが紅茶の香りに気づき、その香りのする店へズカズカと踏み込んで行く。
アクエリア城まで徒歩で移動。肌でこの世界を感じてもらおうという意図もあって、本日行われるお食事会の招待客達は、北の大通りを寄り道をしながら歩いている。
◇
(イザヤ様、北の住宅街を当たってるんだけど、いい場所の家はもう全部借りられてるよ)
ギルドチャットでギルドメンバーの雨竜苺、自称レインドロップストロベリードラゴン、皆からは苺と呼ばれている、雨竜苺から連絡が入った。
(うん)
チーズケーキは底の方がタルト生地だった。ザクッとフォークで切り分けて口に運ぶと、サングラスで隠した瞳が大きく見開かれた。
(美味しいっ!)
(えっ、まだ食ってるんですか?)
(うん、苺、そっちには美味しいお店あったの?)
(えっ、いや、俺ギルドで借りる家探しをしろって)
(うん)
「うんじゃ、わからねーよっ! なんなんだあの美人ギルマスはよぉ」
ギルドチャットには流れない自分の声で愚痴る雨竜苺。背に回したカイトシールド[デュールシールド]と、黒い見事な装飾の施された鞘に収められている硬牙の剣から淡い緑のオーラが立ち昇り、全身をミスリル混成のフルプレートアーマーで包んだ彼は、上級プレイヤーである事が一目でわかった。
彼の頭上にはギルドのエンブレムが表示されていて、どの角度から見ても見た人には正面からのデザインが見えるようになっている。
◇◇◇
── 白銀の大リングの中に小さなリングが上端から吊り下がり、リングに囲まれた下地は漆黒。それがギルド【テンペスタ】のエンブレム。
ギルドメンバーはダークエルフ(男)のルク、エルフ(女)のリンス、ヒューマン(男)の雨竜苺とロマンスクレープ三世の4人である。ギルドマスターはイザヤ。金に物を言わせたギルメンの装備は、現時点でアンタレス最強である。
◇◇◇
(さっきカレー屋があったよ。食肉ギルドのナイトパンサーの店だけど)
ギルド夜の豹のことを、冒険者達はナイトパンサーと呼んでいた。
(おーい、南市街地は道具屋ばかりし)
【冒険者の皆様へ、運営からのご報告】
(んっ、何だ?)
南市街地で物件を探していたロマンスクレープ三世が、途中経過を報告しようとした所で、アンタレス運営本部より全体アナウンスが流れ出した。
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本日午後より、冒険者の皆様へ日頃の感謝を込めまして、レアアイテム [復活の果実]を限定100個配布致します。[復活の果実] それは幻と呼ばれる貴重な果物、世界中に存在する数多のモンスターを、手懐ける事が出来る唯一のアイテムです。使い方は簡単、死なない程度までダメージを与えた瀕死の状態のモンスターの身体に押し込む事で、モンスターは復活し、押し当てた人のパートナーやペットとなります。本日ログインしている冒険者さま限定配布のレアアイテム。誰に配られるかは完全にランダムです。[復活の果実]のイメージ画像は、この文字をクリックする事で確認出来ます。
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(召使いのみんな、すぐに戻って来て。緊急よっ。私がもう1つこのチーズタルト…… うん、これ。今から運ばれて来るチーズタルトを食べ終わるまでに集合よっ。間に合わなかったら、もう1つ食べるから)
「「「「はい、御主人様」」」」
各地で取り敢えず返事をしたギルメン達。召使い扱いの時の返事はこうしろと、イザヤにキツく言われている。
イザヤ = 御主人様 = ギルドマスター = 女神様
今は御主人様、気まぐれにはもう慣れてしまった召使い達であった。