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87 十六夜の舞

 ── 音もなく忍び寄る捕食者。そうでなければこの巨体を維持する為の獲物をどうやって狩る事が出来るのだろう。胴体に8本の足がある、しかし獲物に忍び寄る時は胴体をへこませて足を胴体と一体化する事で蛇のように動く事が出来る。それがファンフルグアナコの最大の特徴だった。



 ◇◇◇


「お前の後ろ、来たわっ」


「えっ」


 同時に振り返るリンスとルク。剣を身の前に構えて森を見た。


 ずわりと森であったものが動き、完全に森に擬態したファンフルグアナコの口が大きく広がってリンスに襲いかかった。


 ブンッ


 イザヤは足元を軽く蹴り上げて空中に舞い上がり、オブリビオンの杖を振った。リンスとルクの間を衝撃波が走る。ファンフルグアナコが何かに縦に切断された。しかし勢いが殺される事はなく、そのままリンスに迫る。


「ひっ」


 リンスの足がすくんだ。ファンフルグアナコの開いた顎は3mを優に超えている。上下の顎に生えたギザギザの巨大な牙の列が、リンスの目にはっきりと見えた。


(うぐっ、喰べられるっ)


 リンスから、これから我が身に起こる悲惨な出来事への足りない覚悟が声に出た。あの牙で、巨大な顎で、噛みちぎられて喉の奥に飲み込まれて行く悲惨な光景の、その当事者になる恐怖。どこまで自分の意識が持つのだろう? 噛まれたら死亡判定がすぐに出て、苦しまずに死ぬ事が出来るだろうか……


 目をつぶったリンスに、いつまでたってもそれは起きなかった。


「リンス、ルク、私の下に来てっ」


 リンスが目を開くと、手で襲われるのを避けようとしたままで固まっているルクの姿が、目の端に見えた。


(えっ、ファンフルグアナコは? えぇっ! 何それっ)


 襲ってきたのはリンスを狙った1匹だけではなく、ルクに対しても別のファンフルグアナコが襲いかかろうとしていた。


(どういう事?)


「急げっ、次が来る」


 背後からイザヤの声がかかる。


 後ずさりしながら、徐々に離れる事で見えてきた事実。


(なんなんだ、ファンフルグアナコが固まってるぞ)


 ルクがパーティチャットで思った事をそのまま漏らした。


「なんでっ、動か、えぇ? 意味がわからない。あそこだけ画面が区切られているみたい」


「こっちも。あそこだけが平面になってる?」



「数が多いわ。可愛い召使いルクを奴らに喰われては元も子もないもの」


「私はっ?」


「助けて貰ったらなんて言うの? 召使いリンス」


「くっ、ありがと」


 イザヤはリンスとルクが少し見上げる程の高さの空中に立っている。


「あっ、ちょいエロ」


「今それを言うか? 私もそう思ったけど」


「何、ルク。何か言った?」


「いや、あの、十六夜様が神々しくて見上げる事が出来ません」


 そう言いながらも、もう一度チラ見しているルク。


「ふーん…… わからない」


「ねえ、他にも来てるの? というか、あれ何?」


 リンスが指差した先にあるのは、巨大なテレビがそこにあるかのように、空間が固定されている2つの場所、どちら共縦に真っ二つに斬られた巨大なファンフルグアナコが転がっている画面。


 はらりと衣擦れの音がした。


 イザヤを下から見上げるリンスとルクには、衣装の隙間から時折露わになるイザヤの白い太腿が眩しい。


 優雅に舞いを始めたイザヤ。踏みしめる空間に広がる波紋が波のように横に広がって行く。ひとつひとつの波紋は、赤や黄色や緑や青などの原色の色の細切れになった粒子が混ざり合った物。


 雨粒が水溜りに落ちて広がる波紋の重なり、イザヤの足の運びもそれと同じよう。


 舞と共にオブリビオンの杖は振られて、バブルの様な物が、杖の先端の飾りから尾を引く様に生まれては流れて行く。


 淡く白い珠のようなバブルの中で、虹のように混ざり合った色が時折表面に浮かんで、桃色の燐光を残して消えて行った。


 言葉は無い。唱える呪文も無い。舞に込めるは、己の想いのみ。まぜならば今舞う姫は十六夜、願いを受け止める側の女神(ひと)だから……


 艶めかしくも目を離せない舞の中での美しくて純粋な女性の魅力。


「見ても罪にならないよね」


「見ない方が罪」


 彼らが見たものは、女神の舞。十六夜(いざよい)の月は暗闇を光と陰の2つに分けて世界を照らす。



 ビキビキッ



 平たいガラスの1枚板の中に閉じ込められたような、ファンフルグアナコが映る2つの空間に亀裂が入って行く。



 パリンッ、パキンッ



 そんな音を残して2つの画面は粉々になって崩れ落ちた。そしてそのまま光の粒子となって風に流れて行く。


「忘却の小窓ってところね」


「あっ、イザヤ」


 リンスの隣に降りてきたイザヤから少し離れるリンス。


「あらっ、怖いの?」


「人じゃ無いみたい」


「また暴言を吐くのねっ。でもいいわ、そんな風に私が見えているってわかるから。はぁ、まだ来るわよ。こいつが残っている限りね…… 次はまとめてやるわ。 2人とも 離れないでね」


 再び飛び上がったイザヤが、オブリビオンの杖を持ってくるりと回った。すると周りの木々が色を失い崩れ落ちて行く。円形に広がった30m程の何も無い森の中の空間が出来上がり、その中心に死にかけのファンフルグアナコと、リンスとルクが居る。


 女神は宙に浮かび、静かに佇んでいる。


「何が始まるの?」


「わからないけど、静かだね。少し怖いよ」


 ファンフルグアナコが死んだ。身体が崩れ落ちて光の粒子となり消えて行く。


 青い瞳の女神がそれを見つめていた。

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