86 オブリビオンの杖
── ファンフル グアナコ。地竜系グアナコ種に属する。特徴として挙げられるのが、グアナコ種の例に漏れず大型化するという事。森林地帯を好み、食性は肉食で、行動範囲が広い。性格は凶暴、時に群れを成す。
(1匹か?)
(少なくともここに来る途中に痕跡は無かったはずよ)
(イザヤは何をしてるんだ、あの辺り真っ赤じゃないか)
(踊ってる…… 天女の舞のよう)
四肢を切り落とされたファンフルグアナコが、血溜まりの中に横たわる。目と鼻の先で、宙に浮いたイザヤがさっきまで持っていなかったマジックワンドを手に、空気であるはずの足元に波紋を広げながら、神秘的な踊りを舞っていた。
辺りを警戒しながらルクとリンスが近づくと、イザヤは踊りをやめて振り返った。
グァァァゥ
もはや力尽きかけているファンフルグアナコが、寝入るかのような鳴き声をあげた。
「そこまでやったんならトドメを刺したら?」
「ねぇ、リンス。このトカゲを倒したらお金を貰えるんでしょう? たくさん倒したらたくさんお金を貰えるって事でしょう」
「そうだけど、必要なのはファンフルグアナコの珠と牙。どちらも倒したら手に入るドロップアイテムよ」
「そう……」
「イザヤ様、その杖は?」
「ルク、良く気がついたわね、褒めてあげる。さっきね、このトカゲが私を喰べようとしてきたの。それでとっさにストールを手に取ったら、この杖になったのよ。オブリビオンの杖、私は今このトカゲの魂を送っていた所なの」
「でも、早くしないと他のが来ちゃう。 こいつやられそうになると仲間を呼ぶの。さっき鳴いたみたいに」
周りを気にしてリンスが言った。地平線まで広がる森の中で、一体どれだけのファンフルグアナコが居るのだろう。本来ならば、少しでも高い木の上に誰かが登っていて、周辺の木々が揺れたり倒されたりするのを確認していなければならない。
それにこれだけの血を流せば、他にも肉食系のモンスターを呼び寄せてしまうので、敢えてやる場合以外はさっさと撤収するべきなのだ。
「イザヤ、お願いパーティに入って。このまま貴方が倒してもお金にならないの」
「ならばリンスかルクがトドメを刺せば良い、私にはそんな酷い事は出来ないから」
「そこまでやってよく言うわ、あっあっ、違う」
リンスの暴言に逐一反応するイザヤ。世界の色が消えて行く。
「イザヤ様っ、僕たちがファンフルグアナコにトドメを刺すには物凄く時間がかかるし、そもそも与えたダメージの総量はイザヤ様が圧倒的に多いので、アイテムをドロップさせたと言うクエストをクリアする条件を満たせないんですっ。だけどイザヤ様が僕たちのパーティに入ってくれれば」
ルクの必死の熱弁の最中に、世界が色を取り戻して行った。
(はあー、ルク助かったわ。サンキュー)
(性格がだんだんわかって来たよ。でもパーティに入ったらこのチャットでこんな事話せないよねっ)
(うん、イザヤって話せばちゃんと聞いてくれるよね。私には厳しいけれど。気をつけるわ)
「ルク、お前のパーティに入る。急げ、時間が無いぞっ」
そう言いながら、イザヤはオブリビオンの杖を頭上に掲げた。先端に取り付けられた極彩色の孔雀の羽を広げたような色の飾りの周りに、光る泡のような物が浮かんでは消えて行く。
「パーティに呼ぶ事って出来るの?」
「多分、やってみる」
ルクはイザヤにパーティの申し込みをするというコマンドを実行した。すると、視界の左上に表示されているパーティステータスの一覧の中に、上からルク、リンス、そして十六夜の文字が追加された。
「十六夜って書くんだ」
(なるほど、こうやって裏で私の悪口を言っていたのね。リンス)
速攻でパーティチャットを使って来るイザヤ。
(言ってないっ…… どちらかと言うと、声に出して言ったから。ごめんね)
(召使いらしくない、召使いのリンス。いいわっ、城のボンクラよりはよっぽどマシだもの。ほらっ、お出ましよっ。囲まれた)
「えっ?」
イザヤとリンスの会話はパーティチャットなので、ルクも聞いていた。
「囲まれたって、どう言う事?」
「すぐ近くにファンフルグアナコが、1、2、3、4、5、6、あらあら、まだ増えて来てる」
「えっ、全然木とか折れた音がしないよっ」
「ルク、もしかしてファンフルグアナコは初めてなの?」
「あの、私も初めてなんだけど」
「そう。こんな大きな体だけど、物音はしない。静かに近寄っていきなり襲って来るわ。身体の色も変えて来るから本当にわからないわよ。さっき私もいきなり襲われたんだし」
「近くに来てるって事?」
「お前の後ろ、来たわっ」