79 表裏一体の存在とは
ラヴィに見えていたのも、モフモフと同じ世界。
── 2次元のキャンパスに線画を描いて色を塗っていく。 ただし、そこに色の濃淡をつける事は許されていない。 影を失うということは、立体感を失ってしまうと言う事。 表現が下手なモフモフうさぎが、この場所を絵の中の世界と口走ったのも、あながち間違いではなかった。 動きが無ければ全てが平面になってしまうから……
「ぎゃー、大丈夫じゃねぇぇぇぇ」
(気持ち悪い、吐きそうっ、世界が違う、なんか変っ)
拡大してくる静止画を見ている状態のラヴィ。 その画面にぶつかりそうなのに、延々とぶつからない感覚がエスカレーターのように崖沿いを滝に向かって降りて行く階段の上のラヴィを襲っていた。
滝の後ろ側に回り込む動く階段の終着点が見えた。 本来なら滝の裏側で薄暗いはずの平らなテラスで、誰かが1人立っている。
ラヴィを追い越した木の蔓が、1つ下の階段の上で巨大な盾の姿に変形していった。 厚みのある重厚なラウンドシールド。 まるでその背後に誰かが隠れているかの様に、ラヴィは盾を階段の前面に突き出した。
(僕の姿はあっちには見えていないはずだ。 だから1つ下の階段に置いた盾の背後に誰かが居るとあっちは思うはず)
1段上の階段から、足が階段から離れないラヴィが迫る滝の裏側の人を見ている。 槍の様な物を構えてこちらに切っ先を向けた何者かの動きを見て、ラヴィが盾の前面に円錐状のスパイクをいくつも伸ばした。
スパイクの長さが2m弱まで伸びた所で相手に動きがあった。 慌てた様子でテラスの奥の方に逃げて行く。
「よしっ、モフモフさんっ。 もうすぐ滝の裏側に着くよ。 なんか動きが無い場所と、周りの色が気持ち悪いけど何とかなりそう」
「飛んで行こうか?」
「いや、まだそっちで踏みとどまってて。 麦の道の上はまだそっちで側のはずだと思うから。 ヤバかったら悲鳴をあげるから。 もう着くよっ」
ラヴィよりも先に巨大なスパイクが伸びたラウンドシールドがテラスに勢いよく突っ込んで行った。 石の階段はラヴィが降りる場所に来ると、静かに動きを止めた。
「あっ、足が動く。 やっぱり乗ってる時だけ足が床にくっつくんだ」
ドグァシャァァァァンッ
静かだったこの場所にテラスの奥の方から激しい破壊音が響いた。
この場所に滝の流れ落ちる音は聞こえない、空中で霧散してしまう滝からは地面にぶつかる音が無いからだ。
「あっ、あああ…… 奥に盾が突っ込んだよ、ちょっとヤバイかも。 入り口ぶっ壊しちゃった」
ラヴィは、滝の裏側の崖をくり抜いて作られたテラスに降りて、慌てて石階段に飛び乗った。 予想通りに、今度は上に向かってエスカレーターの様に階段が動き出す。
追っ手は来ない。 登って行く階段の上でラヴィは、テラスの階段の乗り口に、分厚い木の壁を作って塞いでいった。
「無事帰還だよっ、モフモフさん」
崖の上にたどり着いたラヴィが階段から降りて来て言った。
「面倒くさいから早く撤収しようぜ。 俺今日はあんま時間が無いからさっ。 あとラヴィちゃんに報告がある」
「何?」
お互いに、まだ姿は見えていない。 モフモフうさぎが先に歩き出したようだ。
「帰りながら話すよ」
「うん」
「走るぜっ」
「了解っ」
2つの風が森の中を駆け抜けて行った。 後を追うように緑の小径が消えて行き、森の姿に戻って行く。
再び森の奥に隠れてしまったシャドゥ ゼロの世界。
【 忘却の世界 Shadow ゼロ 】
影の無い世界で、ただ1人影を持つ者。 それはその世界で唯一の美しさで表現された女王。
── 紫紺の美姫 イザヤ
怒りに打ち震える彼女の前に、城に破壊攻撃をしてきた危険なトゲを生やした巨大な盾があった。
「許さない」
(やられたら、いいえなぜやられたの? なぜ私の世界を滅ぼそうとして来るの? いつかの街の奴らがすぐそこまで来ていたと、召使いから聞いた。 後をつけられたんだわ。 いいわ、わかった。 やられたら、滅亡するまでやり返す。 全て消し去って泣いてしまうまで消して、最後に笑ってやった後にどうするか決めよう。 召使いはダークエルフが1人でやって来たと言った。 凄腕? 面白い、どんな奴? そうだ、まずは探してから気に入ったら飼っても良いかも)
「お前達、出掛けるわっ。 面白い事を思いついたの」
「はっ、イザヤ様。 どちらへ行かれるんですか」
「ダークエルフの特徴を教えて」
「「「「「ダークエルフでした」」」」」
「馬鹿ばっかし、なんなの? よく分からない」
「剣を2本持ってました」
「光る剣と、光る剣を持ってました」
「長い光る剣を持ってました」
「素早い」
「飛んでた」
「凶悪で卑劣」
「我らを殺そうと虎視眈々と狙っていた」
「我らを……」
「もう良い。 黙れ」
イザヤがそう言うと、5人の召使い達がピタリと黙った。
「留守を頼むわ。 ここを直しておいてね」
「「「「「無理だ」」」」」
「じゃあ、何か物を置いて塞ぎなさい」
肩に掛けた長く流れるような極彩色のストールの裾をなびかせて、イザヤが姿を消した。
影を失う事、それはつまり色を失う事と同じよう。 光と影、表と裏、プラスとマイナス、無くしてしまったら、片方だけでは存在出来ない。 それが影という存在。 光が影を生み出すのではなくて、影があるから光が見える。
── 僕の中に君が居て、君の中に僕が居る。 消えてしまわないように精一杯支えてみせるよ。
アンタレスONLINEに、はるきK様 より、リサのファンアートを頂きました。 素敵な作品です、ありがとうございます。 絵の方はツイッターのプロフィール画面にて見る事が出来ます。