34 古代竜の信仰の谷のモフモフうさぎ
巨躯の割に腹を地面に擦る事は無いようだ。すぐそばに現れたと感じたものの、少し離れた場所に翼竜は降り立っていた。
翼を広げれば余裕が余り無いV字型の谷底に、頭をモフモフうさぎの方に向けて唸りを上げながら近づいて来る。一歩踏み出す度に地面が揺れ、地表近くにある口の周りで木切れや小石が鼻息で吹き飛ばされる。奴が悪い意味で興奮しているのがわかる。
(んなもん、わかったっからって、だからどうだって言うんだよっ!)
モフモフうさぎは、危機迫るほんの僅かな時間でこの状況から離脱する手立てが無いか考えている。
(他のゲームの話だけどやばい時、例えばボス戦で回復薬が切れた時などは、帰還スクロールで戦線離脱ってのが一般的だ。だけど今回は無理っ。んなもん持って無いし、帰還スクロールってのは、基本的に決まった場所に転移する訳で、そもそも俺が今日ログインしたら本来ならば居たはずの場所、水の街アクエリアが帰還場所なはずだった。だけどログインしたらいきなりこんなとこに飛ばされた。つまり帰還スクロールを使っても、デフォルトで帰還場所がここ、古代竜の信仰の谷に設定されている可能性が大! しかも他のプレイヤーが皆無。バグかなぁ、てか、ガクブル状態?)
迫る恐怖を笑いに変えようとするモフモフうさぎだが、冷静な考えしか浮かばない。また一歩翼竜が近づく……獲物を捉えた捕食者の目には、モフモフうさぎしか映っていない。奴のテリトリーに無断で侵入した小さな生物の運命は奴の気分次第と言う事だ。
身体が硬直したままの、モフモフうさぎの左手が少し動いた。獲物が動いた事に即反応した巨大な翼竜が大きく息を吸い込んだ。
(来るっ! !)
身構えたモフモフうさぎに、翼竜は悲鳴のような叫びを至近距離で浴びせかけた。
── 竜の叫び
それは聞いたものを硬直させる力を持っている。目の前でその叫びを放たれて、しかも大きく開いた口の中の牙を見たモフモフうさぎは、恐怖で意識を保つ事が出来なかった。
ドサッ
リアルのモフモフうさぎ、くしくもラヴィアンローズと同じVRヘッドを装着した現実世界のモフモフうさぎも、同時に意識を失って椅子から崩れ落ちていた。
そこから先の事は誰も見ていなかった。古代竜の信仰の谷は竜の住処、竜が見逃す者しか生きる事は許されない場所である。オープンしたてのアンタレスonlineの世界で、この地に足を踏み入れたのはモフモフうさぎが初めてで、それを知っているのはモフモフうさぎ、そして
(モフモフうさぎのポインタが消えた)
「おっしゃ、オッケーGM俺っ!」
そう、正体を明かそう。こいつだ、GMバッドムR、モフモフうさぎに短剣の一撃でトドメを刺されて、20mの上空から落下した男だ。高いところから落ちる死の恐怖、そして落ちて行く彼を
「バナナ、バナナ」
と、笑い転げていたクソカマ三人衆の事を、絶対許さないと誓った彼は、運営会社の偉い人の息子と言う立場を利用して、メンテナンスに乗じて復讐に走った訳である。
「これでネカマのラヴィとモフモフ野郎は始末した。あとはロビーって女だけだが、くっそーログインしてこねぇ。せっかくゴブリンの王国にぶち込んでやる段取りをしてやったのに」
(ゴブリンの奴らはエルフの女好きだからなっ! どうなるか1番楽しみにしていたのに、次のメンテまで入らなきゃ駄目じゃねえかよ。早くログインしやがれってんだ)
「いつかあいつらも高いところから落としてやるっ!」
外が見えるエレベーターに乗れなくなったバッドムRの暴走。
[ 運営【神】によるチート ]は、これからも続くかもしれない。