71 花の名を名づけて
世界樹の中に作られた果樹園、そこにあるはずの復活の果実が全て無くなっていた。
世界樹の大きな枝葉でぐるりと取り囲まれた空間の中は、朝早い今の時間には朝靄のような薄青い光の粒子が空気に漂っている。
「風が無い」
復活の果実を採りに来たのは、モフモフうさぎとラヴィ、ロゼッタとリサである。
「風が止んだ…… 森がおこっ」
「ラヴィちゃん、それ完全に有名なアニメのオババのセリフだろっ」
モフモフうさぎがツッコミを入れた。
2人がふざけているのを他所に、エリスロギアノスの背中の部分に立って、リサが復活の果実の木達に話を聴いている。
「なるほど、そうなんだ怖かったね。 みんな酷い目に遭ってしまって…… 大丈夫、今からみんなを治すから」
今日はリサもロゼッタも動きやすい冒険者ルックでやって来ている。 ロゼッタは周りを調べていて、世界樹の太い枝にカギ爪で引っ掻いたような痕を見つけていた。
「うさぎ、来てっ。 賊はここから侵入してきたのよっ」
「どこだぁ?」
ロゼッタの声がしたのはエリスロギアノスの船体の向こう側、モフモフうさぎはジャンプして船体を越えて行った。
「ローズ」
一緒に行こうとしたラヴィにリサが声をかける。
「手伝う?」
「うん、果実を実らせなきゃ。 あっちはお姉様と、うさぎに任せて私達はこっち。 お父様も待っているし」
「話は聴けた?」
「うん、私達と同じ人間が何度もやって来て次々と果実を盗んで行ったって」
「冒険者がもうここまで来たのかな? やっぱこの樹は遠くからでも目立つし」
「私じゃ上手く聴けてないかも。 ローズも聴いてみて。 その間私は折れた枝を治して来るから」
枝が折れているのは高い位置に生えている木々。 リサは世界樹の巨大な葉っぱに乗ると、そのまま枝を動かして上の方へ登って行った。
(みんなお久しぶり、果実を盗んだ奴って1人なのかな? それとも複数?)
(それには私が答えよう、 ローズ)
(その声は、世界樹ユグかい?)
(今、ロゼッタとモフモフうさぎが調べている場所の下の方から奴らは来た。 私の足元に3人、登って来たのが2人だった)
(他には?)
(暗い夜に奴らはやって来る。 果実が全て無くなったので、来なくなったがな。 白い船にも入ろうとしていたぞ。 そちらの方はすぐに諦めたようだ)
巨大な枝でエリスロギアノスの非常口は閉じられている。 今はリサの緑の力で動かして開いているが……
(冒険者だった?)
(いや違うな、暗い衣装で闇に紛れていた。 話し声を足元で聞いた。 『イザヤ様が喜んでいる』と、言っていたぞ)
(イザヤ様? 誰だそれっ)
リサを乗せた大きな葉っぱが降りて来た。
「何かわかった?」
「うん、5人組の盗賊らしい。 ボスの名前がイザヤ。 そいつが採りに来させた、そんな感じかな」
「どうしよう? 先にやる?」
「そうだね、果実が無いとなんだか寂しいしね。 じゃあリサっ」
(ユグ、行くよ)
リサが世界樹ユグに念話で声をかけた。 ラヴィがエリスロギアノスに巻きつく直径2mぐらいのユグの枝の前で上を見上げた。 吹き抜けのようになったこの空間のはるか上に空が見えた。
そばに来たリサがラヴィの手を握った。
リサとラヴィは手を繋いで、それぞれが空いた手を世界樹ユグの太い枝に当てる。 ラヴィに集まる緑の力、それがリサにも伝わり2人の手から緑の力の源が静かに、それでいて怒涛の勢いで流れ込んで行った。
復活の果実の樹に淡い桃色の花が咲き始めた。大ぶりの枝から吊り下がるようなラッパ型の花から、強く甘い香りが漂う。
花の時間はあっという間に過ぎ去り、花弁が落ちた小さな膨らみは、風船のように果実となって膨らんで行く。半透明のはち切れそうな果実には薄く白い粉がふいて、触れればその重みで落ちてしまいそうだった。
「前と同じね」
この場所の復活の果実の樹は、母体を世界樹ユグとしている。 再び実らせた果実をリサにお礼をするかのように、果実の樹が近づけて来た。
虹色に光を通すゼリーのような果実を指で触れて、我慢出来ずにリサは指をペロリと舐めた。
「ふにゃん」
「美味い?」
「うん」
「さてっ」
甘い香りに包まれた果樹園が復活した。
「ねえローズ、花の名前はなんて言うの?」
突然リサが聞いてきた。
「復活の果実の花?」
「リサね、いつも思うの。 花の時間が短くて、でもそれは私達が急ぎすぎているせい。 本当の花の時間をこの子達はまだ知らない。 名前すら知らない花なのに、それって切なすぎると思うの」
「そうか、あっという間に花は落ちてしまって…… 花の名前は何だろう。 リサが決めたら?」
── レナトゥス
そう呼んで、リサは果実にそっと触れた。