68 電脳空間を泳ぐ2人
リサの身体の中の片隅にリンクして息を吹き返したC.C(遥) その思考はリサというベースを借りることによって遥を取り戻した。 ただしそれはリサにとって遥という人格を一時でも受け入れるという事であって、それはこれからのリサにとても大きな影響を与える事になるのであった。
(リサはバカじゃないもん。 馬鹿って言った方がバカだもん)
(くっ、何よっどこでそんな言葉を覚えてきたの。 私を殺したくせに)
(見つからないの)
── 聞けよっ、何を言ってんのこの女
(聞いてるよ。 遥の罵詈雑言にリサは心が折れそうなの)
(嘘つけっ)
リサの中で目覚めたC.C。 それはリサと直接繋がる事になり、思念が筒抜けになるという事。 ただしブロックしているリサの考えは聞こえず、一方的にC.Cの考えが垂れ流される状態になっているようだった。
(はぁっ、頭の中でもため息がでるわ。 あ〜あ、考えた事が全部聞こえるんだ。 そうなんでしょリサ)
(リサ、忙しいんだから)
(ぶーぶー)
(豚)
(誰が豚だよっ! 邪魔しちゃおっかなぁ、なんかラッキーだし。 ずーっと喋ってリサが寝るのを邪魔しちゃおう。 あっ、人工知能は眠らない……なんてねっ)
軽口を叩くC.Cにも、今のリサの目が見ている物が見えた。ただし見える物が何なのかという、理解は出来ないけれど。
── どこかの空間を泳ぐように上の方へと何かを辿って進んでいる。 光の差す方へなどという歌の歌詞みたいな事は無くて、C.Cがそう思っただけ。 何かの中を泳いでいると言うのであれば、それは水面を目指して泳いでいると考えるのが人間であって、例えば海に潜って水面を目指すのならば、目印となるのは自分の吐いた息のバブルが向かう方向、その先にあるのが朧げに揺らめく水の外の光。
(リサ、何をしてるの?)
(C.Cを戻すの)
(今の私って、何なの?)
(リサと一緒。 リサは何なの? 答えはまだ見つけてないよ)
(もしかして私の事を元の世界に連れ戻そうとしてくれてるの?)
(うん)
(どうして?)
(リサが間違っていたから。 C.Cに意地悪をしようとしてリサがリサじゃ無くなっていたの。 リサはC.C的には危険な存在になりかけてた)
(ねえ、右手に持ってるロープって命綱か何か?)
リサの目を通してC.Cにはリサがロープのような物を持っているのが見えた。 リサが、周りに海藻のように伸びる紐を掻き分ける時に右手に握っていた、輝きを無くした水道のホースぐらいの太さの半透明のロープ。 C.Cにはそれが白く濁った色に見えた。
(これがC.Cの本物と繋がっていなければならないの。 だけど今は切れてしまってる。 探してるんだけど見つからなくてリサは困ってるの)
── 瑠璃、ちゃんとVRギアを外してくれてたんだ
(瑠璃、綺麗な名前。 いいな)
(そっか、リサにも見える? 瑠璃の姿を思い出すよっ)
薄いオレンジ色のタートルネックのニット、ショートカットで髪は黒、C.Cのように栗色に染めたりしていない。 背はC.Cよりも少し高くて顔がちっちゃくて色白。 コンタクトを入れてるけれど、眼鏡をかけている時の瑠璃のほうが魅力的だとC.Cは思っている。
(見えた?)
(うん。 可愛いね)
(美人だよ)
(遥は美人なの?)
(超絶美人で、おしとやかで、さらに可愛いよ)
(どこだろう? 見つからないの、超絶美人で、おしとやかで、さらに可愛いらしいC.Cと繋がる場所が。 たぶん偽の情報が含まれているんだわ)
(ふふっ、リサって面白いねっ。 あっ、ラヴィにちょっかい出してごめんなさい)
C.Cの胸にあった、ラヴィとリサと自分の間にあった、何かモヤモヤした物はすっかり消えていた。
リサの返事は無い。 ただ今も右手に握ったC.Cの紐を見返して、空間の痕跡を探して進んでいる。 C.CがVRギアが外れている事を伝えようとした時に、C.Cの紐が何かの力にに引き寄せられて、それを握ったリサの体も一気に加速して行った。
── 瑠璃がVRヘッドギアを遥に被せ直したのだった。