67 誰かと融合って危険な香りがすると思わない?
リサの手のひらがC.Cの中枢回路に溶け込んで行く。
(冷たい、いやそうじゃない。 うっ、)
あまりの違和感に手を引いてしまったリサ。
(今のがC.Cだとしたら、寂しいなんて言葉じゃなくて痛い。 両手が冷たすぎて氷の中に手を入れたように痺れてる)
リサは深呼吸をして気持ちを落ち着ける。 同化して連れ戻さなければならない。 暖めて溶かして驚かさないようにC.Cを起こす必要がある。
リサがもう一度C.Cの中枢回路に手を入れた。 そしてそのまま一気にダイブする。
(すぐそこにいる事は分かってる。 外からのプログラムの紐が向かう先にC.Cは居るから)
── 量子が生み出す答えは、電子の0と1で表すイエス オア ノーではなく、そこに曖昧な部分を含んでいる。 それは『もしかしたら』という言葉であったり、『たぶん』や、『一応』などと言った日本語に対応する事が出来ると言えば分かりやすいかもしれない。 元々答えをぼかす表現が溢れる日本人が、量子計算の答えを導き出すアルゴリズムを作り上げたのも当然と言えば当然であった。
曖昧さを空間として捉えるならば、そこは0と1、プラスとマイナスの間に広がる隠れ家である。 C.Cはそこに飛び込んで戻れなくなってしまっていた。
薄暗い宇宙のような何も無い空間を、リサは泳ぐように進む。 C.Cだった情報の塊はこの空間に霧散して形を失ってしまっている。
(集まれ、私があなたを導く。 この手のひらの光を目指して戻って来て)
リサの差し出した両手に淡く光る石が現れて、次々と周りの薄暗い空間自体が吸い込まれて行った。 薄暗い空間が何も無い白に塗り替えられてしまった後に、リサは光る石を自らの胸に押し込んだ。
(少しだけ一緒に居てね、C.C)
リサの胸に溶け込んでいった光る石。 それはリサの中枢回路の片隅に繋がれて息を吹き返した。
◇◇◇
(お母さん? お父さん? 私、死んだのね。 サヨナラも言わずにごめんね、お母さんごめんなさい親不孝な娘で)
(C.C、あなたは生きてる。 死んではいないわ)
(誰? えっ? 何? 神さま? えっ、でも 私の事を遥じゃなくてC.Cって呼んだ。 という事は私はまだアンタレスで生きてるみたいなって、意外と私って冷静かも)
(そうね、生きてる。 ごめんね遥、私のせいで辛い思いをさせてしまった。 本当にごめんなさい)
── 謎の声は、今度はC.Cの事を遥と呼んだ。
C.Cの思念の中に、誰かの言葉が浮かんで来た。 自分の意思とは全く関係の無い言葉。 しかもそれは耳から聴いた声のような感覚だった。 耳が聞こえるのならばと、C.Cは目で周りの状況を確認しようとした。
(あれっ、どこ向いてるの。 顔が動かない。 あっ、左手が勝手に動いた。 あんな細い指先だったっけ、とっても綺麗な手。 私じゃないこれ)
さっきまで、いや絶望に打ちひしがれた瞬間から記憶が途絶えていたC.Cには、自分を包み込む身体の温もりが心地良くて、自由が効かない不便さに対しても、今は何の不自由さも感じてはいなかった。
(そっか、やっぱり死んじゃったんだ私。 こうやって魂はどこかへ運ばれて行くんだね。 いまさら知ってもどうしようもない事だけど)
(C.C)
(なぁに、もう1人の私)
聞こえてくる声も、自分が作り出した妄想の声だと思ったC.Cが、自分の中で自分と会話を始めようとした。
(違うわ、私はリサ)
(えっ!? なんつった? 今リサって言わなかった?)
(今ね、ちょっと困っているの)
(私は困惑してるけど)
(婚約?)
(誰とだよっ)
(コ……コンヤク)
(違うっ、コンヤクじゃなくて『こんわく』 何が何だか分からなくて困ってしまっているって事よ。 ってか、あなたリサ?)
── どうしよう、私リサに取り込まれたんだ。 やっぱり殺されてエサになって喰われた……
(聞こえてるんだけど。 食べてないしっ。 リサはC.Cを助けようとしてるの)
── ふ〜ん聞こえてるんだ。 じゃあこれも聞こえるのかしら。 リサのバカバカバカバカバカバカバカバカッ