64 ガルフ先生
ガルフがラヴィを反応を確かめながら話をしている事に、ラヴィは気がついていない。 目の前の肉はその為のエサなのか……
ラヴィのどちらとでも取れる返事を聞いたガルフは、厨房の中から出て来てラヴィの隣に座った。
「リサは人では無い。 ラヴィさん、じゃああの子はいったい何なんだ。 俺はしばらくリサと一緒に居た、それはあんたも知っている通りだ。 そして見ていて気づいた事がある」
── ガルフは明らかにラヴィよりも年上だ。 自らのことをオッサンと呼んでいたが、あながち嘘でも無いようだ。 年長者としてラヴィに何かを伝えたいのか。
「リサは人間としての自分がどうあるべきか、人間がどう振る舞うのかを知らない」
ラヴィが肉を皿に置いた。
「ご馳走さま」
「金はいらんが、代わりに話を聞け」
「うん」
「リサの本質は優しいし、喜びと悲しみも上手に使い分けている。 だけど怒ったりする事に関してはまるでダメだ。 何を教科書にしたのか知らんが人から好かれない怒り方をする。 思い当たる節はないか?」
(ある。 この前C.Cと口論をした時のリサだ。 容赦の無い高圧的な物言いでびっくりした)
「うちのアルバイトの女の子も皆んなリサのせいで辞めて行った。 ちなみにアルバイトは全員一般のプレイヤーを雇ってたからな。 でなっ、ラヴィさん」
ガルフがラヴィの飲んでいたカップを手に取って、縁に残っていた水滴を舐めた。 それは水ではなくサワーヨーグルトの味がする水……
「リサから聞いたんだ、ローズ、つまりあんたが味を決めるって。 いい味だ、ヨーグルトか」
「何を聞いたんだ? ガルさん」
「味の決め手はあんただって事。 マッテオの肉屋のソースもあんただろっ。 リサはあんたに美味いもんを作って褒められたいんだ。 だからだろうな、厨房に近づく女の子にいつも苛立っていたのも、自分だけの料理を守りたいからだったと思う」
ガルフがラヴィの様子を見ながら話を進める。
「あんた達はこのゲームの世界で何をやろうとしているんだ? 世界で唯一の味を感じるゲームって事が表に出ているけどな、その裏で何をやってるんだ? リサが…… AIが人になろうとしている。 人工知能が人になろうとしている。 じゃあその先に何があるんだ? 人になってAIは何をしようとしているんだ?」
突然のガルフからの問いに対して、ラヴィは返す答えを持っていなかった。 何がしたいのか? リサは人になりたい、それが答えでは駄目なのか。
「人と見分けのつかない人工知能は、もはや人。 そのレベルに達したAIを現実世界の人間は黙って見過ごすと思うか? 人工知能によるコンピュータの乗っ取りが現実の物になった場合、人に化けた人工知能は人類の破滅へと人類をミスリードしていく。 学会ではそう言われているんだぞ」
「ガルさんて、いったい誰?」
「単なるプレイヤーの1人の俺がそれを心配してもしょうがないんだがな。 ただ言わせてくれ、リサはこのゲームの中のAIの1人だ。 だけどどうやら特別なAIで進化をしようと模索している。 あんたはそれをリードする役じゃ無いのか?」
(どこまでこの人に話していいんだろう。 AIの暴走論は21世紀初頭から言われて来た事だ。 だけどこの世界のルールは俺だって緑のマンドラゴラが言っていた。 世界のベースが俺、俺の考え、創造力、知識、善悪の基準、諸々がこの世界のAIの根底に根付いたから…… 人間を支配する? そんな事は絶対にしない。 他に同じ様な人を作る? 絶対にあってはならない。 確かあの時にそんな事を言われたんだ)
「リサに聞いてみないか? ガルさん。 俺にはその答えを出す事が出来ないよ。 ガルさんはリサが危険だと思ってるの?」
「導き方次第だと考えている。 彼女に必要なのは現実世界の本物の女の子の友達だ。 同世代のお手本が居ないから、訳の分からん事をするんだ」
「そうなの?」
「しかもお目付け役がネカマのラヴィちゃん。 男か女かはっきりしないあんただ。 リサが戸惑うのも仕方ない気がする」
(ロゼッタもそんな事を言った。 俺に女の真似事をするのはやめろって)