61 箱に落ちた小さなネジ
例えば君が、たくさんの木の棒や、鉄のパイプや、ガラスの破片や、床を掃除したゴミや、使わなくなったオモチャが折り重なって詰められたゴミ箱の中に、とても大切な『歯車の小さなネジ』を落としてしまったとしたら……
落ちた瞬間どこかに当たって、そのネジが跳ねたような気がして、ゴミ箱に入ったのか外に飛んでしまったのか分からない。 そんなネジを探さなければならない時に、はたしてそのネジはいつか見つかるだろうか?
結論から言えば、どんなに探してもそのネジは見つからない。 探そうと物を動かせば動かすほど、奥へ遠くへ複雑に絡んで落ちてしまって見つからなくなる。
── それが人の心の中の小さなネジだとしたら、人はそのネジを探しだす事は出来るのか?
人の心の中のように、あやふやで曖昧でトロリとした中でネジを無くしてしまったら、それを自分で探し出す事はどうやら不可能に近い事らしい。
誰かに別のネジを用意してはめ直して貰ったり、自分で別の場所から探して来て、元に戻したり…… でもそれは上手くいかない事が多いんだ。 だってさ、落としたネジの形を知らないじゃないか。 それにどこのネジが落ちたのかさえも分かってないんだろ。
扉の外に立って、それを必死で探そうとしている女の子が居た。
── アラネア・リサ、この事態を引き起こした本人。
◇◇◇
ハア、ハア・・
(駄目っ、早くっ、駄目っこのままじゃC.Cが死んじゃう。 違う、早くっ動けっ。 動いて私の体っ)
── 人工知能に心があるのか? 膨大な記憶領域をいくつも区切って、その中から最善の選択肢を選ぶのがAIだとするならば、心や性格という明確に定義出来ない物で彼女を彼女たらしめて来た、区切られた情報の中から、いやそれは彼女の記憶と呼び変えた方がよいが、『リサの記憶』の中の何かが表に出ようとしていた。 彼女が失ったネジは、そこへ繋ぐ架け橋の切り替え部分の1つだったのだ。
リサが人であったなら、自己修復は不可能だっただろう。 しかし彼女はまだ人になりきれてはいない、即ち自らに必要な物が何かを判断し、それが必要な物なのか、それとも要らない物だと切り捨てることも出来るし、そのまま変わって行く事も出来た。
── それは機械だから、人工知能だから出来る事。
機械のように…… それを認めたくないリサと、認めねば今までのリサを維持する事の出来ない状況の狭間で揺れ動いているリサの『心』
リサは知らない、心乱れ悩み揺れ動く君がもうとっくに人であると言う事を。
◇◇◇
ギリギリギリギリ・・・ガチャンッ
吊り天井が落ちてくるのが止まった。 扉を開いたリサの目の前には、吊り天井から伸びた剣が床から50cmにも満たない高さで並んでいた。
(間に合った)
リサが覗き込むと、 扉から2mほどの床の上でうつ伏せになって身動きしないC.Cの姿があった。
「C.Cっ! C.Cっ! もう大丈夫。 大丈夫だから起きてっ」
リサの呼びかけに全く反応が無い。 リサは着ているドレスを冒険者風のズボンスタイルに変えた。 そして腹這いになって剣と床の隙間に身を入れて行く。
(床が冷たいし、剣が迫って怖い。 C.Cごめんなさい。 本当にごめんなさい)
近づいたリサがC.Cの手を握った。 冷たく冷えて握り返す力も無い。
「C.C死んじゃだめっ。 起きてっお願い」
(誰か引っ張って!)
扉の方からリサの声に反応した植物の蔓が伸びて来た。 蔦はリサとC.Cに絡みついて入り口の方へ引いて行く。 しかしその間もC.Cの反応は無かった。
引きずり出したC.Cを胸に抱えてリサがC.Cの顔を拭いた。 涙と床の埃が可愛い顔を汚してしまっていた。
(まだC.Cの世界と、こちらのC.Cとの間の繋がりが切れたまま…… やってはいけない事だけど、やらなきゃ。 私の責任だもん)
リサが目を閉じた。
── データ領域へのダイブ。 独立人工知能でありもう1つの世界そのものをデータベースとするリサには可能な事であった。 それに、自分が人では無い事を認めたリサには躊躇も無かった。
(探すんだ、あの時のように。 ローズ、約束を破るけど、ゴメンね)