57 ノクターン
「おう、ラヴィさん。 はじめましてだな、うちの他の面子は皆んなフレ登録したって言うから俺だけ除け者だったんだよな。 しかも何故かカレー屋してるし……まっ、これは俺が言い出した事なんだけど。 ガルフだ、いつかプライネ使いになるガルフって覚えておいてくれ。 よろしく」
そう言って厨房の奥から出て来て手を差し伸べて来たガルフとラヴィが握手をした。 握手をする事でフレンド登録は終了する、それがアンタレスの世界の決まりだ。
「ところで、リサがアルバイトを辞めさせるって言ってなかった?」
「ああ、本人を目の前にデカイ声で言えねえが、大概は嫉妬。 もう一回言うが嫉妬の塊。 俺とメニューの話をしているのを見ただけで軽くキレる。 はっきり言うぞっ! ラヴィさん、リサ姫を頼むっ。 連れて帰ってくれ。 人手不足なんだ、せっかくいい子が来たと思ったのによ」
「どこがよっ。 リサを本気にさせるなんて、なかなかの女だわ。 やっぱりリサの目に狂いは無かったの……ローズ、ガルちゃん、リサ帰るね。 用事を思い出したの。 とっても急ぐから、じゃっ」
街行く冒険者風の装いに服を変化させてから、顔もリサの糸で変えてしまう。 そのままラヴィの方へ近づいて来ると、立ち止まってしげしげとラヴィの方を見た。
「こんな顔が好きなの?」
少し笑ってリサは出て行った。
「怖ぇぇ、ラヴィさん。 今の姫さん目が笑ってなかったぜ。 なんかあったのか? さっきの顔ってC.Cみたいな感じだったけど……C.Cも辞めたのか。 あぁもう誰か居ねえかなっ、姫のイビリに耐えられる奴は」
(フレディ)
ラヴィの頭になんとなく頭に浮かんだのは、彼の名前だった。
◇◇◇
C.Cはガルフの店から飛び出した。
(分かってる、ラヴィは追いかけては来ない)
── 何なのよ、NPCのくせに。 何で私が負けないといけないのよっ
通りに出て、木の影の下で泣いた。
── 誰か優しく声を掛けてくれたら今は誰でもいい、その人について行っちゃう
そう思って立ち尽くしても、周りを歩く人は誰も声をかけてくる事は無かった。
「なんだっ、冷たいのはここも一緒なんだ」
未練がましいから店には背を向けて立っていた。 でも最後に振り向いて店の2階の玄関の方を見上げてみた。
── 寂しい笑顔を自分の為に。 この笑顔を素敵だって面と向かって言ってくれた初めての人があそこに居た。 なのに運命ってひどいよね、もう本当に会えないのかな……
静かに歩き出したC.Cは、アクエリアの外周を取り囲む壁の上の遊歩道に向かった。 最後に街の風景を見ておきたかった。 緑と水の溢れる美しい街アクエリア、恋に破れた女1人。
夕暮れの遊歩道のベンチに座って、遠くのアクエリア城の尖塔が夕日に反射するのを眺めながらC.Cは明日からの事を考えていた。
── オープンβテストが始まったら新しいキャラでラヴィに会いに行こう。 友達でもいい、今度はリサにバレないように現実世界で彼と会いたい。 上手く行くといいなっ
「こんなとこにいたの。 それともどこにも行けなくて途方に暮れて空でもみていたのかしら」
「はいっ? その声って、あ、あんたはリサ」
「呼び捨て上等よっ。 衛兵の皆さん、この女を捕らえて城の監禁塔にぶち込みなさいっ!」
リサの言葉を聞いて、慌ててC.Cがログアウトしようとする。 その様子を見てリサが笑って目を細めた。
「無理よ、消える事なんて許さないから。 お前の手には私の糸が巻きついているの。 だからお前は私に捕らわれている状態。 それがどう言う事かわかる? 捕らわれた時間軸からは逃れられない、それがアンタレスの決まり。 ログアウトは出来ない、どうしてもと言うならいい事を教えてあげる。 お前が今着けているVR装置を外せばいい」
「ええっ!? そんなっ、何それっ。 ちょっと離しなさいよっ。 何なのっ」
C.Cのコマンド指示のログアウトが出てこない。 ならば言われた通り、VR装置をリアルの自分が外せば良いだけ……
「えっ、えっ、はぁ、はぁ、んっぐ、戻らない。 感覚が、やばい……」
仮想世界にハマって戻れなくなる、その事がC.Cの脳裏をよぎる。 過呼吸になって視界が定まらなくなって、C.Cは意識を失った。
「堕ちたわね。 ふんっ、人もどきなどと言った罰よ。 連れて行きなさいっ」
C.Cの顔をコピーしたリサが言った。 C.Cのアバターはヒューマンの女の子、髪は栗色で優しい大粒の瞳、可愛らしい魔法使い。 どこにでも居るけれど、意識を失ったC.Cから奪ったネームプレートを前掛けにつけて、リサは街の方へと戻って行った。