56 悪役令嬢 アラネア・リサ
ラヴィがその異様な雰囲気に気がついて、右側に立つリサを見上げた。 リサはC.Cを睨んだままラヴィの肩に手を置いて、ラヴィを渡すものかと火を吹く勢いだ。
「おー、怖。 お姫様が怒らせるととんでもないしっぺ返しが来そうね。 わかったわ、私の負けよ。 あなたのローズにどさくさに紛れてキスしたのも私。 ちょっとだけ悔しくて意地悪を言ったのは悪かった。 ごめんねリサ姫」
ラヴィの肩からリサの手が離れた。
「済んだことをこれ以上グダグタ言ってもしょうがないわ。 私はガルちゃんに用事があってここに来たの。 お前は謝る事は無い、私も今日ここで聞いた事は無かった事にしよう。 お前はここに居なかった、私の中でではそれで終わり。 一貫の終わり」
リサはそう言い放って厨房へ消えていった。 C.Cは口に手を当てて立ち竦んでいた。
「何、今の。 あんたはあんな人モドキと付き合ってるの? 気持ち悪い」
悪態をつくC.Cの頬に涙が伝う。 悔しかった、勝手に土俵から降ろされた上に、ラヴィにちょっかいを出したのは自分だと認めた形で終わってしまった。 完全に負けた……
「私帰るね。 せっかく会えたのに、またねっ」
無理やり笑顔を作って言ったC.Cは、ラヴィの返事も聞かずに店から走って出て行った。
追いかける事が出来ないラヴィ。
「僕が行っても無駄ですよね」
フレディがラヴィの様子を見ながら言った。 ラヴィは返事をせずに視線を落としてため息をつく。
(リサは自分の大事なものを守ろうとした。 守られたのは俺だ。 さっきみたいなリサは初めてだ。 優しいだけだと思っていたリサがあんなに……)
「ラヴィさん、今日は帰りましょう」
「そうだな、店には悪い事をした。 C.Cが帰っちゃった事をガルフさんに謝って来るよ」
(もう2度と会う事は無い気がする。 どこかでログアウトしてきっとそのままになるんだろう)
── 仮想現実の世界では、対人関係に耐えられなくなると、フェードアウトしてしまう人が居る。 その場合、新たなキャラを作り直して新規にやり始める人も居れば、そのまま消えて行く事を選択する人も居る。
ラヴィが厨房に挨拶して入ると、そこにはギルド夜の豹の槍使いの戦士ガルフとリサが食材を仕分けしながら話をしていた。
「まさかローズが私と会う前に浮気してたとは青天の霹靂でしょう。ガルちゃん、リサね少し怒ってあげたの」
「姫、姫と出会う前の事は浮気とは言わないのでは。 それで怒ってはラヴィ殿が可哀相ですよ。 彼も1人の男です、それも姫の心に決めたお相手。 男としての魅力があれば、女の1人や2人や10人20人ぐらい手玉に取っていたとしてもおかしくは無いと思いますが」
(おいっ! 何焚きつけてんだっ。 しかも笑って言ってやがる。 リサはそれを見てねえし、信じるじゃねぇかっ)
ラヴィに気づいたリサの手が止まった。
「ローズ、リサは知ってしまったの。 ローズにはたくさんの女が居て、リサはそれを知らないまま今日まで過ごして来た事を……でも、許すわ。 ガルちゃんに言われたから」
「リサ、黙っててごめん。 確かに過去の俺には好きな女の子《2次元の世界に》がたくさん居た。 でもそれは全て一方通行の片想いの連続で、無様に踊らされていただけだったんだ。 本当だよっ」
「許さないから」
「えっ、今許すって」
「過去は許すわ、でも今は許さない。 さっきの女は今、だから絶対に許さない。 ガルちゃんごめんね、あの女は明日からお店に来ないから」
(えっ、何を言ってるんだ? リサ、変だぞお前)
「げっ、アルバイトまた辞めたのか。 リサ姫、いい加減にしてくれよっ。 また辞めさせたのか……はぁぁ、やりずれぇ」
「ガルフさんっ、俺ラヴィです。 よろしくお願いします。 で、その話もっと詳しく教えてくれない?」