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36 コギト・エルゴ・スム(cogito, ergo sum)

 ── 風が無い。


 意識して感じることの無い、辺りを包み込む静けさ。それ以外は普通の木よりも全てが大きい枝葉の間から射し込む陽の光。


(ロゼッタ?)


 エリスロギアノスへの入り口を探すモフモフうさぎは、絡み合う枝の陰にロゼッタの姿があったように見えた。


「ロゼッタ、そこに居るのか?」


 そう言いながら近づいてみても、そこにはロゼッタは居ない。ただ、少し離れた場所にロゼッタの陰を感じる。


 何度か同じ事を繰り返すうちに、モフモフうさぎは船体を巻き込むように伝う太い枝と枝の間に隠れた、開いたままのエリスロギアノスの非常口の前に辿り着いた。


「あっ、あった」


 切れ目の無いエリスロギアノスの外装のどこから入れば良いのか? 被弾した船体の横の穴から入ろうと最初は考えていたモフモフうさぎは、穴を完全に塞いでしまって船と一体化している太い枝のせいで、別の入り口を探さなければならなかったのだ。


 この場所からそれが見えて、モフモフうさぎはロゼッタが自分を導いた事に気づいた。木の隙間に身体を滑り込ませて彼はロゼッタの待つ、船橋へと乗り込んでいった。



 △▽△▽



 ── 何の音もしない場所で眠りから覚めた。


 目覚めは睡眠薬を投与されて、落ちて行った無意識の深い場所から、突然目が覚めたような感じだった。


 暗闇の中で、身を起すときに立てた音だけがやけに船内に響く。


(またどこかへ飛ばされたのか?)


 手探りで自分の座る場所の周りを探ってみると、記憶が戻ってきた。


「そっか、俺はエリスロギアノスに乗ってた」


 声を出すと、ラヴィのボンヤリとしていた頭がはっきりした。


(最後に覚えているのは、ロックオンされたって何度も繰り返す警告音だ、じゃあ……エリスロギアノスは墜ちたのか?)


 コックピット型の左舷砲台のコントロールユニットから外に出たラヴィは、聖騎士の魔法 『聖の衣』を唱えて、青白い光で自らを包んだ。魔力の流れは感じるが、船内に伝える回路系が今のエリスロギアノス号は息をしていない。他に灯をともす手段をラヴィは思いつかなかった。


「リサっ、ロゼッタ」


 操縦席の方に声をかけたラヴィの視線の先には、誰も居ない操縦席がある。振り返ってロゼッタが居たはずの船首の方を見ると、右の壁の隅に倒れた人影があった。



 ── リサが居ない。



 気にはなりつつも、ラヴィはロゼッタの方へ駆け寄る。ひざまずいて伸ばした自分の右手に血がついているのを見て、ラヴィが違和感を感じる右側の額を触ると手のひらにべっとりと血がついた。


「ロゼッタっ」


 ラヴィは血のついていない左手で、ロゼッタの肩に触れようとして、手を止めた。



「……ふたりの街でそっと瞳を閉じたの。けれど、終わる事のない胸の痛みはずっと繰り返して消えなくて……過ぎていくあなたの姿に、声をかける事さえ私は出来ないの……ねえ、うさぎ、聴いて私は……」



「ロゼッタ、お前も夢を見るのか? それとも起きてる?」


 なぜだかわからない。ロゼッタに声を掛けたラヴィの目に涙が溢れてくる。



 ── わからないなんて嘘。本当は認めたくないだけだ。



「愛の女神の息吹よ、我らを癒せハーヴェ」


 2人を取り囲むように、金色に光る触手のような蔓が床から伸びて金のユリのような花を咲かす。どこからか厳かな女性の声のハーモニーが流れてきて、ロゼッタとラヴィは金色の光に包まれた。


 いつか誰にでも必ず訪れる別れ。


 別れの悲しみが辛すぎて、いっそ出逢わなければ良かったと、この世に生を受けたことすら悔やむ人も居る。けれど別れの存在を認めて、それを乗り越えられる抱えきれないほどの幸せを手にする事が出来るのならば


 ── それが出来たらきっと、人と人工知能の壁なんて僕達は消してしまえるはずだよ……だから


「行こう、ロゼッタ」


 ラヴィは暗い壁を見つめるロゼッタの肩に、そっと触れた。


 ◇


 ロゼッタとモフモフうさぎ、いつかはお互いどちらかが消えてしまう存在。SFの世界の話であった自意識を持つロボットが居る世界に、追いついて一気に追い越してしまう時代の潮流の真ん中に2人は居る。


 揺れるのは仕方ない。時代の変わり目は嵐を伴うものなのだから……

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