34 落ちる船、リサは身を投げて
── 話は少し前に戻る。
「お姉様っ、アダムスからのロックオンが外れませんっ」
「こんなデカイ図体がゆっくりバックしてるだけじゃ、永遠にタゲられたままだぞ。他に方法が無いなら一旦離脱しろよっ」
「逃げるなんて駄目よっ、さっきの攻撃でのダメージも大した事は無かったわ。リサ、魔法障壁を船体前面に放射状に展開。出力を200%にアップ」
「了解しました。エリスロギアノス号、敵アダムスから距離を取りつつ魔法障壁の出力を200%に上げます」
白い船体の前方に、一瞬巨大な魔法陣が現れた。
「モフモフさんは?」
「うさぎを映します」
艦橋の外を映し出す内壁の1枚が、空に浮かぶモフモフうさぎを映し出した。その両手にはライジングサンが輝く。
(この船の攻撃はアダムスに効かない。やっぱりあなたに頼るしかないみたい。うさぎ……お願い)
映像が切り替わったパネルの前にロゼッタが立って、モフモフうさぎの姿を見つめた。
ドゥオォォォォォンッ
凄まじい音がエリスロギアノスに広がる。横からの衝撃に弾き飛ばされて、壁に激しく打ちつけられるロゼッタ。
コックピット型の左舷砲台コントロールユニットの中に居たラヴィも、衝撃で跳ね上げられて頭から血を流し、動かない。
「ロゼッタァァァッ」
モフモフの端末からの声が、船橋に響く。
「うさぎっ、エリスロギアノスはもう駄目かも。あなただけは…… 」
床に倒れたままのロゼッタがそこまで言うと、意識を失った。
操縦席のシートに包まれていたリサは、運良くダメージが少なかった。目の前に表示された船全体を表示したスクリーンは、損傷を受けた場所が真っ赤に点滅している。
── エリスロギアノス号は、船体左舷の胴体に直撃弾を喰らって高度が落ち始めている。
「出力低下、高度の維持不可能です。このままでは墜落します。繰り返します、高度低下……」
けたたましい緊急警報が鳴り響く中で、リサ自身とエリスロギアノスとリンクしたリサの意識の葛藤が生まれる。
(お姉様とローズが動かないの、助けなきゃ)
床に倒れたロゼッタと、身じろぎすらしないローズをリサはモニターで確認した。
視界が涙でぼやける。
首を横に振ってモニターを見つめ直したリサの目が、緑色の光を放った。
(私がやらなきゃ船が沈む、墜落したらみんな死んでしまう)
「エリスロギアノス、現状は?」
「左舷胴体から被弾。魔法障壁によるダメージの軽減率0%、直撃しました。高度253m、落下速度毎秒2mです」
「前方に展開した魔法障壁の出力を0%に変更。船体下部に浮力魔法陣を追加。船体の姿勢の保持しつつ軟着陸を目指す。余ったエネルギーを全て船を浮かす魔法陣に回してっ」
船を浮かす為の魔法陣が、被弾して穴の空いた左側の胴体の下に3基浮かび上がり、傾きかけたエリスロギアノスの姿勢が安定した。しかし船は高度を保つ事が出来ず森に向かって落ちて行く。
魔法障壁を展開していない今、もしも追撃を受けたら今度は空中でバラバラになるかもしれない。
コントロールをオートにして、リサは操縦席から飛び出した。
(時間が無い、このスピードで落ちてしまうと衝撃で船体はバラバラになってしまう。今はわずかな魔力の魔法陣で支えているだけ。お姉様、ローズ、もう少し待って。リサは森を動かしてきます)
「エリスロギアノス、着地まであと何秒?」
「残り76秒です」
リサはすぐ近くの壁の緊急脱出ゲートのボタンを押した。内壁が変形して外へのゲートが開く。見える景色は迫り来る森の海……もうすぐそこに地上が迫っている。
リサは空中へ飛び出した。
(届いて、お願いっ!)
「みんなっ、助けてぇぇぇぇ」
リサの、耳に突き刺さるような悲鳴が森に響き渡った。
声と共に森がドクンっと波打つ。落ちて行くエリスロギアノスの真下に凄まじい勢いで緑が集まり、融合した木々は、新たに根を張り巨大な幹を空へと伸ばして行った。
一瞬にして森の中に超巨大樹が姿を現し、大きく広げた枝葉が意思を持つ者のように空へと伸びて行って、次々とエリスロギアノスを包み込んでいった。
「ありがとう……」
今持てる全ての力を使い切ったリサが意識を失って落ちて行く。
ブンッ
リサを空中で捕えた赤い影が、巨大樹の幹の下に降り立った。
(遅ればせながらリサ様、後はお任せを……)
巨大樹から少し離れた空中が熱気でボヤけ、次の瞬間紅蓮の炎に包まれた紅竜が空へ舞い上がった。