32 牙を剥くアダムス
「緊急事態発生、緊急事態発生、本船はロックオンされました。至急回避行動に入ってください」
リサとは別の声が船内に響いた。艦橋の床以外の壁は全て窓から外を覗くように映し出され、あたかも大空から獲物を狙う猛禽類のような感じだ。
「ロックオンって、どういうことだっ!」
「アダムスがエリスロギアノス号をロックオンしたって事よ。うさぎ、スタンバイしてっ」
「えっ?!」
唐突なロゼッタの指示に戸惑うモフモフうさぎ。そんな彼の事など気にする様子もなくロゼッタは矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「リサっ、砲門をアダムスに向けたままの姿勢でアダムスから距離を取って。直線的に高度を上げながら後退しなさい」
「はい、お姉様。エリスロギアノス号、戦闘態勢を継続しながら戦略的後退を開始します」
「ローズはアダムスが動けないように弾幕を散らしてっ、魔弾にチャフを混ぜた物を追加よ。8発中に1発の割合で撃ち込んでっ」
「任せろっ、奴が動いたら蜂の巣にしてやるっ!」
アダムスの周りに銀色のキラキラしたものが舞う。
(いやラヴィちゃん、当たってないって…… それにあそこにチャフをばら撒いても意味がねえよ)
「うさぎっ、あなたも行くわよっ。準備は出来た?」
「あ、あぁ」
(つまり外で戦ってこいって事だな、はいはい)
「じゃあ頼むわっ、はいっ掛け声っ!」
(な、何、掛け声って?)
── ピッ
戸惑うモフモフうさぎのコックピットの中に、ラヴィからの通信が入った。モフモフうさぎの右側に小さなウインドウが表示される。
「モフモフさんっ、あれだよっ、あれっ。ほらっ、出撃する時に良く言うじゃん。かっこいいやつを頼むねっ」
(ラヴィちゃん緊迫感ねえな。まっいいや、さっさと倒して来れば終わりだ)
「モフモフうさぎ、行きますっ!」
重大な任務に赴くエースパイロットをイメージした低い声が、艦橋に流れた。その瞬間モフモフうさぎが乗り込んでいたコックピットが床に飲み込まれ、そのまま四角い移動トンネルを高速で移動して行く。
モフモフうさぎの前に流れる景色は、トンネルの上と下に等間隔で並ぶ光の点。外から見たエリスロギアノスの大きさなど無視した長さの移動トンネルを走り、そのトンネルがいきなり開けた場所に繋がった。トンネルから出たコックピットが床の上に示されたレールの上を滑りながら変形していく。
(うわわわわわ)
コックピットに座ったモフモフうさぎの前のパネルや操縦桿が折り紙を畳むかのようにめくれて消えて行く。そしてモフモフうさぎの目の前に広がる外界。
つまりコックピットと船外がダイレクトに繋がれたわけで……
「飛んでっうさぎ」
「まじかぁっ!」
続きの言葉を言う間も無く、シートから弾かれたモフモフは、大空へその身ひとつで飛び立った。
(ライジングサンっ)
(フッ、相変わらずお前は女に振り回されておるな)
(ふっ、じゃねぇよ。落ちる、出て来てくれ)
モフモフうさぎが放り出された空中は、エリスロギアノスからは少し離れた場所であった。ラヴィが放つ弾幕と重ならないように気を遣ってくれたのか、モフモフうさぎからはアダムスとエリスロギアノス号を横方向の上空から見下ろす感じになっていた。
── 空に光の閃光が走った。
(うさぎ…… お願い)
ドゥオォォォォォンッ
ロゼッタがその光を見た直後、エリスロギアノス号に激しい衝撃が走り船体の真横に穴が空いた。黒い煙と火花をそこから散らしてエリスロギアノス号が沈んで行く。
「ロゼッタァァァッ」
装備したままの照準ゴーグルを通じてモフモフうさぎの声が艦橋に響く。
「うさぎっ、エリスロギアノスはもう駄目かも。あなただけは…… ツー」
ゆっくりとエリスロギアノス号は森の中へ落ちていった。幸い爆発は起こらず黒い煙だけが上がっている。
── 助けに行くぞっ。
両手にライジングサンを持つモフモフうさぎが空を蹴りあげようとした。
( 待て、お出ましだ )
ライジングサンがそう言うと、左手のライジングサンは眩い光を放ち始め、右手のライジングサンからは紅蓮の炎が燃え上がった。