22 夜の海
ガラオロス山の冒険 ep.22
モフモフうさぎが尖塔の聖堂の扉を開けた。ラヴィとリサは、復活の果実の樹にお別れの挨拶をしている。扉の外は、音の無い尖塔の中とは打って変わって、ゴウゴウと風が吹いていた。
「どうやって帰る? ラヴィちゃん達は飛べないし、また歩いて山を降りるかぁ?」
尖塔の扉の前の階段の下から、モフモフうさぎが大声で叫んだ。
「うさぎはどうするの? もしかして1人だけ飛んで帰るつもりなの?」
最後に尖塔から出て来たリサが、扉を閉じながら言った。
「リハクだって飛べるし、こんなに風が強いとそこの赤いカーペットの階段降りてる途中で滑り落ちるわ。リサとラヴィちゃんは緑を体に巻いて降りれるから大丈夫だろっ」
ラヴィはモフモフうさぎとリサの話を聞きながら、広がる空の世界を眺めていた。時間の進みが早いアンタレスでは、空の色がもう夕方に近づいている。
( 海の上に浮かぶ月の光が、暗い海の上に揺らめいて続いてた。風が無い穏やかな日に、ぼんやりと眺めていたあの日…… )
空の下に広がる雲が海のように思えてそんな事を思い出したラヴィ。心に刻まれた記憶のカケラは、壮大な自然に包まれると突然蘇って来たりする。でも形をしっかり思い出せるのは動く事のない景色や建物だけ。思い出したい人の顔は、あやふやになってぼやけてしまって…… まるで幼い頃に母から向けられた眼差しを覚えていないのと同じようだ。
胸が痛みかけて、ラヴィは隣に立つリサを見た。視線に気がついたリサがラヴィを見つめる。
(忘れないように、目に焼き付けなきゃ)
「どうしたの、ローズ」
「うん、リサの本当の目の色って綺麗だね」
微笑みを返したリサがラヴィの手を握った。
「熱いなぁ、なあリハクっ」
「確かにお熱い。とろけそうだ」
見つめ合うラヴィとリサから目を逸らして、モフモフうさぎが歩き出した。
「歩いて帰るのか?」
「いんや、ちょっと気になってな。リハク、この下のドームの部屋に本がいっぱいあったんだけど、何か知ってるかい?」
「付き合おう」
そう言ってリハクもモフモフに続き、赤いカーペットの階段を降り始めた。
2人の姿が見えなくなって……
「ローズの本当の髪の色は黒だった。目も黒、そう言えば町にいた人もみんな黒だったよ。もしかしてうさぎも黒なのかな?」
「うん、日本人は目も髪も黒だよ」
「本当のローズの顔を見たの」
「うん」
「リサはローズの本当の名前が知りたい」
「うん」
(いつか言おうと思ってた俺の名前)
「僕の名前は、カンキ・アヤト。苗字がカンキで名前がアヤトだ」
リサはそれを聞いて何も言わずに手を離すと、ラヴィの前に姿勢を正して言った。
「我はリサ・アラネア。 カンキ・アヤト、私はアヤトの名をこの身に刻む」
何か目に見えて変わったわけでもない。それはリサの気持ちを言葉に表したもの。
── 返す言葉は
「大好きだよ、リサ」
「アヤト」
唇を噛んで、リサがラヴィに抱きついた。
(全部忘れない。だって全部写真に撮ったから)
スクリーンショットを起動させていたラヴィは、リサと自分の姿を何枚も何枚も写していた。
── 大切なものをちゃんと思い出せるように、忘れてしまわないように。
意識せずに無為に過ごす毎日が、これから重ねる程に価値を増して行く。その事に気付いたアヤト……ラヴィアンローズであった。




