15 モフモフの刑
ガラオロス山の冒険 ep.15
ハンマーを肩にかるった道玄さんが堂々と受付のまえを通り過ぎて行く。慌てて受付の中に居たおばさんがどこかに電話をしていた。リサが電話しているのにも構わず、パンフレットの猫ちゃん達に会えるのかおばさんに話しかけた。おばさんは電話を持っていない手を振って、中には猫ちゃんは居ないとジェスチャーでリサに伝えた。
「中に猫ちゃん居ないって」
「うん、道玄さんは先に行っちゃったよ」
「あなた達も犬森道玄の仲間なの?」
電話を終えた受付のおばさんが出て来て言った。
「違いますよ、たまたま出会っただけです」
「そうなの、高校生ならデートは街ですればいいのにわざわざこんな何も無い港に来るなんて。しかも可愛いお嬢さんを連れて。留学生? 何処から来たんね」
「こんにちは、私はアンタレスからやって来ましたリサです。アラネア公爵スワンの娘、リサ・アラネアと申します」
「あららら、あんた外国の貴族の娘さんなの。道理で気品があると思ったわ。まあそんな事なら関係無いわね。あんまりあの人に近づかない方がいいよ、悪いことは言わないからさ」
ガシャーンッ
ガラスの割れる音がキャットミュージアムの中から聞こえた。
「おばさんっ!」
「ほらねっ、やらかした。気をつけなさいお兄さん達、私は役所に連絡するからあんた達は早く家に帰った方がいいよ」
取り敢えず俺とリサは、道玄さんが居るであろうキャットミュージアムの中に駆け込んだ。一体何をしたのか気になったからだ。
ワンワンパワーを封じ込めるキャットクリスタルを壊した事で、警報ベルが響き渡っている。
「道玄さんっ!」
道玄さんの足元に、猫の姿をしていたはずのクリスタルの塊がいくつも転がっていた。
「がははははっ、これで憎っくき猫どもの洗脳計画を潰す事が出来た。ローズ君とリサ君。見よ、これがこの世界を狂わせていた元凶なのだ。やっと終わった。はぁー長かった、これでゆっくり温泉で癒される事が出来る」
クイっとお銚子を空けるそぶりを見せて、道玄さんは満足気な笑顔を見せた。
バサッ
「うわっ、なんだこれは? ぬかった、まだ仕掛けがあったのか」
天井から対人捕獲用の網が発射された。目の前の道玄さんが網に捕らわれてしまう。
「ローズ君、リサ君、君たちはここから逃げたまえっ。私は大丈夫だ、本懐は遂げる事が出来たし、キャットクリスタルを破壊した今となっては、力を失った奴らが来ようとも返り討ちにしてやる」
警報ベルが鳴り続けるキャットミュージアムに、まだ人が来る様子はない。
「網を外すの手伝いましょうか?」
「心配無い、こんな事があろうかとハサミを持っている。それよりも君たちは早く船着き場に向かいたまえ」
「道玄さんは?」
「私はこの町を猫どもから守るのだ。それはこらからも続くだろう。犬の理想郷を作るために邁進するつもりである」
△▽△▽
「情けない格好だな、犬森道玄よ。我らのネズミ捕りの網がよもや犬を捕らえるとは。まっ、犬と言うより、ここに忍び込んだネズミである事には間違いないか」
ニャンコ愛好主義者のミケ部長が言った。ハサミで切れるはずの網がワイヤーのようで全く刃が立たなかった道玄さんは、もがいたのか手足に網が絡まり身動き出来なくなって疲れ果てていた。
「さあ皆さん、この迷える子犬を導くのです。例の部屋に運びなさいっ」
「くそー、お前たちの呪縛は解けたはずじゃなかったのか?」
「可哀想だし、もう少ししたら仲間になるのだから教えてあげましょう。犬森道玄、あなたが破壊したキャットクリスタルは偽物ですよ」
辛い宣告を受けた道玄さんがニャンコ愛好主義者の役所の職員に運ばれて行った。
△▽△▽
道玄さんは両手を後ろ手に縛られて、身体中にマタタビの粉を振りかけられてニャンコ部屋に放置されている。
「ウニャー、ミャーン……ミャーミャー」
大量の仔猫達が道玄さんをお出迎えする。
「ふぐっ、ぐぅぅ、ぎょえ」
道玄さんは、猿ぐつわをはめられて大声で叫ぶことも出来ない。可愛いモフモフによるお仕置きは始まったばかりだ。
△▽△▽
キャットミュージアムの受付のおばさんに、キャットクリスタルが港に停泊しているフェリーの中に展示されている事を聞いた俺達は、今、デッキの上からキャットミュージアムの方角を見ていた。
「さよなら道玄さん、あなたの事は忘れない」
聞こえる事は無い言葉だけど、最後に俺は言った。
「リサはね、お城に戻ったらアメリカンショートヘアを飼うの」
ポツリと呟くリサが、パンプスのカカトで船のデッキをコツンと蹴った。
「じゃあね道玄さん、リサは猫が好きになっちゃった」
船首のデッキの中央に鎮座するキャットクリスタルを見上げるリサ。
「ミャウ」
クルーザーに展示された本物の猫のクリスタルの前に立つ俺達に、仔猫の鳴き声が聞こえた気がした。