12 犬森道玄
ガラオロス山の冒険 ep.12
「俺の顔、違う?」
自分で制御出来ない顔が赤くなってくる反応。時間はたぶん夕方、学校帰りの時刻。道路を挟んだ向こう側の歩道にも同じ制服を着た学生達が歩いている。
(ここで目をそらしちゃ駄目だっ)
心臓がドキドキしながら、俺はリサの目を意識して真っ直ぐに見つめた。
「ローズ、君。髪の毛黒い、それに短いし」
「リサは変わらないね」
(むしろ制服姿が美少女補正がかかりまくって、違う意味で大変身したみたいだ)
「リサの顔は変わって無い? そっかぁ。ふ〜ん、ローズはそんなに変わったのに」
ペタペタとリサが俺の顔に触って両手でガシッと顔を掴まれた。
「変な顔のローズ、私嬉しい」
「何が?」
「リサはいきなりローズの世界に転生したのっ!」
「転生?」
「うん、これって転生って言うんでしょう? リサ、本を読んで知ってるもん」
(そっち系の小説を読んだのか、そりゃ人気あるけど)
「さあ、冒険しよっ!」
「いや、ないない。俺達さっきまでガラオロス山のクエストをやっていたじゃないか。今の状況だってクエストの一部だよ、きっと」
「ローズ、リサはそんなの関係ないの。ねえ、ねえ、あそこのお店って何? カレーとか食べれるの? 」
(リサが見ているのはハンバーガーの大手チェーン店。カレー屋ならこの道沿いじゃなくて、もう1つ先の信号を右に曲がった通りにあるし)
「リサ、お店に連れて行ってあげたいけどお金が無いよ」
「えー、行こうよ。ローズぅ、お金。どうにかしてっ」
ブロロロロ
トラックが1台道路を走って行った。
「ローズ、今のは車でしょう! 初めて見た」
「待て〜、待つんだっ」
背後からダミ声の男の声がした。振り返ると、ヨレヨレの白いスーツを着た大柄なおじさんが走ってきている。周りを見ても声を掛ける相手が、俺とリサの他に歩道には誰も居ない。
「誰? 私?」
「いや違うと思うけど、あっ」
歩道の端に仔猫がいた。白いスーツのおじさんと俺達の間に挟まれて、立ち止まった三毛猫の仔猫。リサもそれに気づいた。
「わぁ、可愛い。ローズっあれって襲って来る?」
「大丈夫だよ、仔猫だし」
「こっちにおいでっ」
リサが仔猫の方へ、トトっと近づいて行く。
「触っちゃいかーんっ! 危険だぁ」
おじさんが、仔猫の向こう側から大声で走りながら叫んだ。仔猫はおじさんの声に驚いて、周りを見回して歩道から道路に飛び出した。
「危ないっ、リサっ道路に出ちゃ駄目だ」
道路に車は来て無いが、危険に越した事は無い。仔猫を追いかけて道路に出ようとしたリサは、俺の声を聞いて立ち止まる。あっという間に仔猫は道路の向こう側に消えて行ってしまった。
「やあ君たち、大丈夫かい? 危ない所だった。お嬢さんは車道に誘導される寸前だったな」
「いや、おじさんがデカイ声を出したから猫がびっくりしてさ」
白いスーツを着たおじさんが手で俺を遮る。
「いいんだ、いいんだ、学生さん。急に声を掛けて悪かった。私は犬森道玄、この町を猫から取り戻す活動家である」
「はい、どう言う事?」
「うむ、私に嫌悪感を見せない君たちはまだ大丈夫なようだな。お名前を伺ってもよろしいか?」
( 別にこの町で名前を名乗っても害はないだろう。嫌悪感というよりも、暑苦しい人な気はするけど )
「僕はローズ、彼女はリサです」
リサが暇なのか、道路端に腰をおろして、そこに生えているタンポポと話をしているようだ。
「外国の方か?」
道玄さんはリサを見て言った。俺は黙って頷いた。
「ローズ君とリサ君は、犬と猫はどちらが好きかい?」
「俺は猫も犬もどちらも好きだよ」
リサは道玄さんの話を聞いていないのか、返事をしない。
「うむ、どちらも好きか……それも普通の反応のひとつなんだ。しかしこの町はキャットクリスタルという洗脳装置によって、人々の思考が猫好きに書き換えられてしまっている。由々しき事態なのだよ、本来ならば犬好きな人々のはずが好きでもなかった猫一辺倒になってしまうなんて」
「どうしてみんなが猫好きになったと分かるんですか?」
( 別に猫好きでもいいじゃないかって気もするんだけどな )